「SFは絵だネェ…」という名セリフと共に、フランク・R・パウルやエド・カーティア等の アメリカのパルプマガジンのカバーを飾った名アーチストたちやスペースオペラの魅力を紹介され、 クソ真面目な風潮が支配的だった初期日本SF界でかけがえのない個性を発しておられた 野田昌弘さんが去る6月6日に亡くなられました。
私は一度だけ野田サンを間近に拝見する幸福に恵まれましたが、それは1970年代後半で、 まだ高校生だった私は、博多の大型書店の一角で行われたプチSF大会、 たしか「どんたこん」と銘打った催しに参加し、熱意のあまり最前列に陣取ったので、 パネラーとして参加された野田さんと、もう一人のゲスト、栗本薫さんを間近で見ることができました。 当時からあの野田サンの甲高いしゃべり声と、あの語り口の名調子である「野田節」は健在で、 他の多くの参加者が栗本さん目当ての中、野田サンばかりに注目していた2時間あまりでした(笑)。
 もちろん、会場に持ち込んだ野田さんの著書『SF英雄群像』にサインしてもらったのは 言うまでもなく、その本は私の宝物の一つです。
当時は野田サンに完全にかぶれていたので、それ以外の彼の著書を集めようと、 上京してまず向かったのが神保町でした。 しかし「神保町に行けば手に入らなかった絶版本が何でも手に入るんだ!」との希望に 胸ふくらませたオノボリ高校生が現実を知るのは当然で、絶版特撮SF関連本なんか そう簡単に売りに出てるわけもなく、あったとしても「神保町値段」です。 今は再販も出たんでだいぶ値段が下がったキネ旬の『世界の怪獣』は売ってたけど、 なんと7万5千円! 当時の7万5千は今では12〜13万といった感じですかね? 高いなんてモンじゃなくて、その1/10でやっと買うかどうか悩み始めるという感じでしょうか?(苦笑) まぁ、そういうキビシィー現実はともかくも、野田さんのフィルターにかけられた「宇宙への夢」は その後も私の中に住み続け、あの『スターウォーズ』も第一作目は、野田さんの名訳によって ノベライズというかたちで先に触れたため、今も野田さん訳以外のものは受け付けません(笑)。
まぁそれでもさすがは東京です。神保町以外の古本屋でもSFや特撮・アニメ等に強い店はあり、 それらを何年もかけて回っているうちに、野田サンの主要著書はいつの間にか集まってました。
 その中でもこの『SF考古館』と『SFパノラマ館』(共に北冬書房刊)は 『英雄群像』と並んで大好きな本で、もう何回読んだか憶えていないほどです。
野田サンの追悼企画としては本来なら、『キャプテン・フューチャー』を取り上げるのが一番ですが、 あいにく私はあの作品の乗り物フューチャーコメットの玩具を持ってないので、 野田サンが愛したのと同じ時代の古典SFである『フラッシュ・ゴードン』をとりあげようと思います。
 『フラッシュ・ゴードン』は1934年に連載が始まった新聞マンガで、その時代に映画化もされ、 古典的なSFヒーローとして大人気だったキャラクターです。
 1980年にはディノ・デ・ラウレンティス製作で米20世紀フォックスで、主演サム・ジョーンズの バージョンが映画化され、音楽をクィーンが担当したことで大いに話題になりました。 『スター・ウォーズ』も企画スタート時にはこの『フラッシュ・ゴードン』の映画化のつもりが 権利が押さえられていたため断念したという説もあり、いろいろと因縁浅からぬ関係です(笑)。
 この時は木の惑星の王子をティモシー・ダルトンが演じ、そのカッコヨサが印象に残っていたので、 後に彼が4代目ジェームズ・ボンドに就任したときは大納得だったものです(笑)。
 今回お見せしているのはそのフラッシュの宇宙船で、この映画のモノではありません。 ただ「映画公開に便乗して昔のデザインのオモチャも出回り、その中の一つ」だと80年代中盤の 購入時に聞かされてましたが、なるほどいかにも素朴なデザインですよね。 全長15cmのプラ製で、ゼンマイ動力と火花発火装置を内蔵してます。 フィギュアの方は時代は同じ80年代中盤ですが、また別の企画『ディフェンダーズ・オブ・ジ・アース』 というアメコミ関連のモノです。フラッシュ・ゴードン、ファントム、マンドレイク等の古典ヒーローが チームを作ってミン皇帝と戦うストーリーでした。フラッシュ・ゴードンに関しては まだまだ語ることはあるんですが、今回はそれがメインではないのでこの辺で(笑)
 宇宙大元帥こと野田昌弘サン、どうかこれからはレモン月夜の空の彼方から、 我々SF好きを見守っていて下さい。絵心を忘れない野田サンのSFマインドは 各々が各々のやり方で受け継いでいきますから…。 テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用
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