キャラクターミニカー秘密基地
劇中車キャラクターミニカーを中心に 陸海空で大活躍するスーパーメカの模型が集まる秘密基地でしたが、開始後7年を迎え「映像作品に登場の様々なキャラの玩具」を紹介するブログとして拡大再開店です
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FZIRO

Author:FZIRO
ミニカーコレクターからも、
合金コレクターからも異端視される
劇中車のキャラクターミニカー、
それも標準スケール物を中心に
ひたすら集め続けています。
マイナーなジャンルでしたが
この頃はキャラウィールや
カーズのおかげで、少しは
市民権を得られてきたかな?(笑)
なお、このブログの内容は、
いわゆる「日記」ではないので、
コメントや御質問があったら、
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びんちょのクルマびん!
bintyomain.jpg
今日の御題は『びんちょうタン』です。この作品は最近多いいろんなモノの擬人
(つうよりオンニャノコ)化のハシリの一つですが、そういうのによくあるただの「萌え」だけじゃなく、
「憐憫」とか「古き良き日本の心」みたいなのを表現しようとしているのが特徴です。

この作品の主人公のびんちょうタンは着物を着た小さな女の子で、山の小屋で暮らしています。
元は優しいお祖母さんと一緒だったんですが、彼女が亡くなってからは独りぼっち…。
両親もいませんが、ウバメガさんという人が援助をしてくれ、時々、差し入れをしてくれます。
そういう環境だからびんちょうタンは学校へは行けず、町に降りていっては役所に張り出してある
日雇いのお仕事をし、何らかの報酬を得て暮らしています。
この報酬、いつも仕事が終わってから、初めて何がもらえるか解る仕組みになっているようで、
「今日は~だからよかった」と素直に喜ぶびんちょうタンがいじらしいです。
最低賃金も決まってないどころか、お金がもらえるのは極マレみたいなんで、
びんちょうタンは必要な食料を揃えるのが精一杯で本当に貧しい暮らしぶりですが、
時には幼稚園や学校で楽しそうに過ごす普通の家庭の子供たちをうらやましく思ったり、
大好きなキャラクターであるプカシューのTVを電気屋さんの店頭で見たり、
そして本当に極マレには、食料を買ったあと少しずつ貯めていたお金でプカシューのグッズを
買うのを楽しみにして日々を過ごしています。今、現実にこういう子がいる訳もないんですが、
あの『螢の墓』で描かれたように終戦直後には珍しくなかったようだし、
この物語は時代を上手くぼかして非現実的になるのは避けているようです。

私も最初この作品を知ったときは、よくあるロリコン的女性(つうより女体だな)賛美マンガかと思って
気にも留めてなかったんですが、本屋でちょっと立ち読みしてみてその世界観に惚れて、
以降、機会があったら観るようにしてきました。今の日本からは失われつつある、
「慎み」や「感謝」の気持ちが生き残っていて、心が洗われる思いがするからです。

bintyoutan04.jpg
そういうびんちょうタンに車が出てくるのかというと、さすがに彼女は持ってませんが、
町には若干の車と、そして馬車も走っています。そしてびんちょの住処のほど近くの山中に
放置されているのが、今回の御題のクラシックカーなんです。
このクルマ、山の動物たちのかっこうの遊び場になっているようだし、
時々訪ねてくるびんちょの友だちにも興味の対象で、発明が大好きなちくタンなんかは
雨の中ワクワクもんで乗り込んでます(笑)。

ford a
このびんちょカー(笑)、わりとシッカリと作画されてるんで車種の特定はなんとか可能で、
たぶんフォードのAタイプだと思います。


bintyo3sides.jpg
ミニカーはデイズゴーンでダイキャスト製の1/43標準スケールの約7.7cm。
買ってみて気づいたけど、後ろにシートがはみ出て(?)ますね~。
こういう仕様のクルマがあったのかな? このフォードAタイプが走っていたような自動車黎明期には
シャーシやエンジンだけをメーカーが作り、ボディは専門のコーチビルダーという業者が
製作することも多かったんで、クラシックカーの細かい差異に関しては謎が多いです。

この「デイズゴーン」というシリーズは作りはシンプルだけど安価だったんで好きで、
当ブログにも2回、007のベントレーや、トゥルーリーのクルマのベース車として登場してるんですが、
なんかいつの間にか手に入れにくくなっちゃいましたね~。
一年ほど前にミニカー屋でたくさん処分価格で投げ売りされてたんで、
輸入商社が扱わなくなったか、もしくは潰れたのかな? と思って調べてみたら、
このデイズゴーンを製造していたレド(Lledo)というメーカー(このレドという名前は、その創設者で
マッチボックスの創設者の一人でもあるJack Odellの姓を逆綴りにしたもので、
マッチボックスの昔のスタイルの再現を目指して1982年に設立されたんだそうです)が、
中国や香港生産の低コスト玩具との戦いに勝てずに1999年に破綻し、
2002年にコーギーに買われたそうなんですね。そしてレドの名前は2004年頃までは
使われていましたが、今はデイズゴーンは完全にコーギーブランドで製造されているようで、
ラインナップはかなり減ったものの海外のミニカーショップでは発売されているんで、
そのあたりの契約のゴタゴタで最近は日本で入手が難しいのかもしれません…。

と、まぁデイズゴーンの実状が解ってみると、びんちょの世界で、
しかも草ヒロとして放置されているクルマのミニカーの製造元として、
これほどふさわしいところは無いような気がしてきました。。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン 
どうかこのシンプルでお手ごろ価格だったミニカーが、
また日本で普通に買えるようになりますように!

『びんちょうタン』の方も、雑誌連載は兼業マンガ家である江草天仁さんが本業で多忙のため
終わりましたが、今後は「学校編」が同人誌としてコミケ等で発売されるとのこと。
しばらくは手に入れにくい状態かもしれませんが、いずれまとまったら正規単行本に
まとまる可能性もあると信じて、待つことにしましょう。

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グレートレース再び!
sizeelmain.jpg
前回、『グレートレース』について書いたのは2007年の9月でしたが、
その際の調査で「2008年にオリジナルグレートレース100周年記念再現レースを開催」の予定で、
現在参加車のレプリカを作成中というニュースを見つけていたんですよ。
そのときは実際に開催されてから改めて記事にしようと放置し、そのまま忘れていたんですが(笑)、
最近、オリジナルグレートレース参加車のミニカーを何台か手に入れたので改めて探ってみると、
どうやら予定が延びてまだ実施されてない様子です。
ひょっとしたら期日までにスポンサーが集まらなかったのかも知れないし、

pekinggoua.jpg
あるいは2008年と言えば、あの北京オリンピックのシナチスによる業火リレーが世界中で行われ
大騒動になっていたので、そのとばっちりを恐れての延期だったのかもしれません。
ちょっと話がそれますが、次回からのオリンピックでは「開催国外での聖火リレーは行われない」
ことに決まったそうです。あれだけ露骨にプロパガンダに使う恥知らずの国が出た以上は
当然の決定で、中国共産党政府はその蛮行でまたしても歴史に名を刻んだ事になりますね。


purotsreplica.jpg
レースは延期になっても自動車のレプリカ作りは進んでいるようで、
1年半前ですでに完成していたドイツのプロトスの渋い緑色に加え、

thomasreplica.jpg
アメリカのトーマス・フライヤーはその純白の姿を現し、

zustreplica.jpg
イタリアのジュストも鮮やかな赤い色を見せてくれていました。
残るはフランスのたしかデ=ディオン・ブートンだったと思いますが、その完成も待ち遠しいですねぇ!

トーマス・フライヤーは実車が保存されているので、その色が白だというのは解ってたんですが、
他のクルマはモノクロ写真しかなかったので、プロトスの緑とジュストの赤はとても新鮮に目に映り、
残りの3台がどういう色だったのかも気になってきました。
このレプリカ作りと連動して、オリジナルレースのドキュメント仕立ての映像作品も撮影されたようで、
その作品『The Greatest Auto Race』も観てみたいです。


映像作品と言えば、あのブレイク・エドワーズ監督の作品『グレートレース』ですが、
調べていくウチにけっこう大筋では史実をなぞっていることに改めて気づいてきました。
ただ微妙な違いもあり、そのあたりを改めて検証していくとまた面白そうです。

greatracemovie 2009-04-03 08_35_13_437
映画ではアメリカ人のグレート・レスリーがアメリカ車の性能を全世界にアピールするために
レースの開催をアメリカ自動車協会に持ちかけ快諾されています。
(その際にレスリーはお偉方の目の前で、たぶんグレートレスリー号のモックアップを
もて遊んでいますが、よく見るとそれがトーマス・フライヤーに似ているのは意図的だと思います。)
しかし史実ではフランスが言い出しっぺで、フランスにひしめいていた多数の自動車メーカーの名前を
世界に轟かせようと企画されたものだったようです。フランスから3台も出てるのもそのためで、
他国の3台はそれにハクを付けるための添え物、つうか生け贄だったようです。
そのため、ドイツからはプロトス、イタリアからはジュストと、あまり有名とは言えないメーカーしか
参加していないし、アメリカは誰も名乗りを上げないため、トーマス・フライヤーがやむなく参戦した
というのが正直なところだったようです…。

szeel3sides.jpg
今日お見せしているのはそのフランス勢からの1台で、シゼール・ノーダン・コルサ1906です。
フランスのクレというメーカーのモノで、約7.4cmで1/48スケールのプラスチック製。
私は今回初めて知ったメーカーなんですが、
cremark.jpg
このような「鍵」のマークのトレードマークを持ち、フランスではそこそこ有名だそうです。


白地に金銀メッキがなされ、赤いシートがアクセントになっているという、いかにもフランス製らしい
シャレたミニカーで、プラスチックの軽みが全然欠点になっていないのは流石です。
バンパーが弓形というかハンガー形というか、独特の形をしており、
ボンネット上の一つ目みたいなディテール(ライト?)とも相まって個性的なルックスになってます。
※ Ponys41 さんの御指摘でこの弓形のはサスペンションだと解りました。
  どうもありがとうございました。m(_ _)m


Sizaire-Naudin72.jpg
このクルマは当時の写真ではこう写ってるので、おそらく色調もミニカーに似た感じだったと思います。
シゼール・ノーダンはモーリス&ジョルジュのシゼール兄弟と、ルイス・ノ-ダンにより
1900年頃設立されました。彼らが作ったクルマは1908年5月10日のシチリア島自動車レースでは、
スタートからしばらくは首位を保ったりもしてるので、基本的な性能は悪くなかったようですが、
全体の完成度には問題があったのか、シチリア島レースではスリップで脱落、
このグレートレースでもたった71キロ時点でリタイヤし、ニューヨークを出ることすらできませんでした。
この会社はクルマの完成度同様、社内の結びつきも弱かったようで、1912年にはシゼール兄弟は
飛び出し新会社を設立したため、10年そこそこの歴史しか刻めませんでした…。
なんかこのあたり、レース結果と社運が直結してるようで面白いですねぇ……。

『グレートレース』関連は何回か続けようと思ってますので、以降もお楽しみに!










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グレートレース、史実と映画を徹底検証!
motoblocmain.jpg
今回は映画と史実の細かい違いを拾っていきます。
映画では開始早々、大半のクルマがフェイト教授の妨害工作でクラッシュしてますが、
ここで総出場車を画面で判別できる範囲で推測してみると、1番がグレートレスリー(米)、
赤の2番がダラックJJ1907(仏)、緑の3番がスタッツ・ベアキャット1914?(米)、
黒い4番がパナール1907?(仏)、5番が教授のハンニバル8(米・自作)、
6番が赤茶色のフォードモデルR(米)、たぶん7番がマギーのスタンレー・EX・スティーマー1909(米)
というメンツでしょう。外見からの判断なんで疑問は残るとはいえ、7台中5台が見事に
アメリカ勢で占められているのは、この映画でのレース成立のアレンジから考えて当然で、
多少年代が合わないクルマがあるのは御愛敬(笑)。

1903 Darracq JJ
赤の2番であるDarracqというメーカーは今日でこそ有名ではありませんが、1896年にフランスに
設立された最古の自動車会社の一つで、フランスだけでなくドイツではオペルの元になる会社、
そしてイタリアではアルファロメオの元になる会社の設立にも貢献したメーカーでした。

sutatsz.jpg
緑の3番であるスタッツは、1911年の最初のモデルからインディ500レースに出場した
アメリカのスポーツカーとして有名な存在で、特に14年から発売されたこのベアキャットは、
座席とガソリンタンクおよびスペアタイヤ等の最小装備を備えただけで風防すら持たない
質実剛健で野性的なロードスターでした。ちなみにベアキャットって本来はレッサーパンダですが、
アメリカのスラングでは「闘士・豪傑」の意味になるそうで、スタッツの場合はこっちでしょうね。

panald.jpg
黒または濃紺の4番であるパナールは1890年にフランスで初めてガソリン自動車を開発した、
世界最古の自動車メーカーです。ここは比較的長持ちした会社で1955年にシトロエンの傘下に入り、
乗用車の生産こそ1960年代に終了してますが、軍事車両のメーカーとしては健在です。

1906 Ford Model R
赤茶色の6番はフォードモデルRで、これはあのTタイプの直前に発売されたタイプなので、
どこかシルエットが似てますね。Tタイプが発売されたのが1908年の秋で、
グレートレースには間に合ってないので、その「代理」的登場でしょうか?

使われているクルマはいずれも、そのクラシックカーのホンモノではなくてレプリカっぽいので
まぁどれもそれに似たクルマってことで(笑)。異論をお持ちの方はどうか御指摘下さい。m(_ _)m


一方、史実では妨害工作があったかどうかはわからないものの(笑)、
フランスの2台(シゼール・ノーダン、モトブロック)がスタート早々にリタイヤ。
映画では残った3台がレースを繰り広げますが、
史実では4台(トーマス・フライヤー、プロトス、ジュスト、デ=ディオン・ブートン)。
映画ではそのうちの1台が途中でリタイヤしゴールインしたのは2台ですが、
史実では3台(トーマス、プロトス、ジュスト)。
映画では2台がゴール直前でデッドヒートしますが、史実ではゴールイン間隔は非常に開いており、
1位と2位の間は役半月、3位に至っては2月以上遅れていたそうです。ちょっとこのあたり、
現代の我々の想像を超えてますが、その間、開催側はどうやって待ってたんでしょうねぇ?(笑)

優勝をアメリカにさらわれ、ゴールインできたのも生け贄用だった3台のみで、
フランス勢は全滅に終わったこの現実のグレートレース。
そのため開催後はフランスでは大いに盛り下がってしまったようで、
映画化がハリウッドによってなされたのもその辺に原因がありそうです(笑)。

greatrace piefight 2009-04-07 03_10_45_984
映画化で足されたウーマンリブの伸張とか、酒場での乱闘やパイ投げなんてのはまぁ、
当時の感覚での映画として成立させるためのオヤクソクですかね?
確かにこの映画でのナタリー・ウッドはセクシーでキュートだけど、 
延々と繰り広げられるトンマなギャグは今となっては閉口せざるを得ないんですが…。
そうそう、史実では女性ドライバーなんて参加していないのはもちろんです。


今回取り上げるミニカーはモトブロックです。モトブロックは1902年から31年までボルドーに存続した
自動車メーカーですが、ここに関しては非常に資料が少なく、日本語でヒットするのは
ウチの前の記事と、オリジナルグレートレースについて簡単に触れたページと、それから、

motoposter.jpg
このアールデコ調のポスターに関する記事だけでした…_| ̄|○ 

英語でもあまり事情は変わらず、フランス語だったらもっとまとまったページがあるのかも
知れないけど、読めまへん(泣
で、乏しい資料を読んだ限りでまとめると、モトブロックはシャルル・スコーデル?( Charles Schaudel)
という人物が他社で自動車製造に関わった後、最初に自分の名前を冠したSchaudelという
オートバイを足かけ3年作った後に設立した自動車メーカーのようで、
自分の名前でなく、発明したエンジンにちなんだ名前を社名にした最初期の例だということです。
まぁでもスコーデル氏も最初は自分の名前の会社を作ってた訳だから、
それが傾いた時に借金のカタに押さえられて、同じ名前では新会社を立ち上げられなかっただけ
のような気もしますが(笑)。
その発明したエンジンというのは2シリンダーだけど分かれてないモノブロック構造になっていた
そうですが、クルマの構造に疎い私にはどうすごいのか全然ワカリマヘン、スンマセン。m(_ _)m

このメーカーは1910年前後のレースにはけっこう顔を出しており、グレートレースの他にも、
1903年の「パリ~マドリード」レース、それからこれは架空の世界ですが、
carmakers.jpg
映画『チキチキバンバン』の冒頭で行われている1908年フランスグランプリの観客席の屋根に、
メルセデスやフィアット、ルノーと並んでモトブロックの名前がデカデカと書かれているところからも、
当時のモトブロックが一流自動車メーカーとして認識されていたことが解りますね。
そんな成功した自動車メーカーであったモトブロックの倒産は、大恐慌のあおりでらしいんですが、
不況で自動車メーカーが左前になるって現実は昔も今も変わりないようです(苦笑)。
こういうメーカーですからミニカーも非常にレアで、RAMIから出るには出てるんらしいんですが、
年代が違うので形が全然違っています。そこで今回は「見立て」のワザを駆使して、
似た感じの無銘ミニカーをそれに仕立てることにしました(笑)。

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お見せしているのはウイスキーのカティーサークが販促用に作ったクラシックカーシリーズの一台で、
縦長のボンネットグリルとそこから上に突き出たヘッドライトが、残されてるモトブロックの参加車の
写真に似ているので採用です。全長約11.2cmのプラ製で、本来は黒い屋根付きなんですが、
今回は外して使っています。ボディの黄色いマークがカティーサーク製を物語ってますね(笑)。

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明るいグレイの色彩も残ってるモノクロ写真から類推できる実車の色に近いんではないでしょうか? 

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日本のグレートレース
dedionmain.jpg
史実のグレートレースは日本にも立ち寄っていたことはすでに書きましたが、
その時の写真をようやく数点見つけました。

まずはこの写真から、
great_race_japan1.jpg
たぶん、写ってるクルマはトーマス・フライヤーだと思います。
自動車なんてほとんど見たことのないはずの当時の日本人なんですが、ちゃんと道ばたによけたり、
馬のくつわを取って暴れないようにしてやりすごしてるのはさすがです。
でも写真をよ~く見ると、いきなり前の道に大穴が開いてますね~。
このあたりが、当時の日本の道はまだ自動車が通ることを想定されてなかった証拠ですかね?(笑)。

次はこちらの写真を
great_race_japan2.jpg
こちらでは、けっこう人が集まってますが、クルマ珍しさもあったんでしょうが、
その横に太鼓を抱いた旅芸人みたいな人がいて、写真左隅には、
その芸人の写真を撮ってるっぽい、アメリカチームの一人らしき人もいるんで、
これは記念撮影ということで、人に集まってもらったのかもしれません。
右端の帽子のオッサンもアメリカチームの人で、「もっと寄ってくれ~」的
現場整理をしてる感じも漂ってます。
「グレートレース」記事第一回で、「富士山で記念撮影したんじゃないか?」って
妄想を書いてましたが、コリャどうも、連中マジで撮ってるっぽいですねぇ(笑)。

そして3枚目はこちら
greatracejapan3.jpg
これは車種はよく解らないんだけども、なにかクルマに補給をしてる様子を興味深くみつめてます。
補給してる人も東洋人っぽい容貌なんで、日本のお役人でしょうかね?
当時の一般人はクルマなんかまだ持てなかったはずですから……。


見つかった写真に写ってるのはトーマス・フライヤーばっかでしたが、ここまで到達したのは
トーマス・フライヤー(米)、プロトス(独)、ジュスト(伊)、そしてデ=ディオン・ブートン(仏)の4台でした。
そのうち、今日の主役としてTOPに鎮座してるのはデ=ディオン・ブートンです。

De_Dion_stoomdriewieler.jpg
デ=ディオン・ブートンという自動車メーカーは上の写真のフランスの貴族デ=ディオン伯が
玩具(鍵?)職人のジョルジョ・ブートンらと協力して作った会社で、
最初は蒸気自動車の製造から始めましたが、1895年に開発したガソリンエンジンは
当時としては驚異的な3500rpmの高速回転が可能(当時のダイムラーエンジンの約2倍)な
高性能を発揮しました。つうより、試作段階では通常回転で使おうとしたら安定せず、
試しに回転数を上げてみたところ安定動作しだしたので、
あわてて周辺器具の設定を高速回転向けにし直してやっと実用化できたらしいんですが、
まぁでもそれで高性能が得られるようになったんだから結果オーライです(笑)。
その高性能のためこのエンジンはいろんな自動車メーカーに提供されましたが、
中でもルノーのレースカーには1901年まで使われ、小型車クラスの圧倒的な強さを誇ったのでした。
そのためデ=ディオン・ブートンは当時最大の自動車メーカーとなり、他社のエンジンの性能が
追いついてくるまでは栄華を誇りました。グレートレースが行われた1908年時点では
他社の性能も上がり、デ=ディオン車の性能は圧倒的有利という訳にはいかなかったようですが、
それでも果敢に挑戦してきたということは、もともと世界最初の自動車レースである
1895年6月の「パリ~ボルドー往復レース」にも蒸気自動車で参加していた程のレース好きで、
フランス自動車クラブの設立に尽力したものの、自らは「メーカーである」という理由で
会長就任は固辞し、副会長にとどまったデ=ディオン伯の、「我こそはフランス自動車界の代表」
という自負があったからなんでしょうね。フランスにはこの頃100近い自動車メーカーがあったそうで、
グレートレースが実はその名声確保のために開かれた一面もあるため、
出場総数の半分に当たる3社も参加しているのは前に書いたとおりです…。

デ=ディオン・ブートンのクルマは、さすがその成り立ちにふさわしい高性能・高完成度だったようで、
11800キロを走り抜き日本までは到達しましたが、おしくもそこでリタイヤとなったようです。
自動車先進国で道路が整備されていたフランスのクルマなもんで、
上の写真にも写っちゃったようにドまん中に大穴が開いてるといった感じの、
当時の日本のクルマが走ることなど想定外だった悪路にやられたのかも知れません。

dedion3sides.jpg
今回お見せしているのはMINIALUXE(ミニオール?)製のデ=ディオン・ブートン1912です。
デ=ディオン・ブートンのクルマは最初期の蒸気自動馬車を始め数点ミニカー化されているんですが、
参加車の写真に一番近いのがこの1912年タイプだったのでこれを採用しました。
プラ製で全長11.5cmの標準スケールのミニカーです。

de-dion.jpg
参加車の色はモノクロ写真の陰影から判断して、淡い彩色がなされていたようですが、
イマイチはっきりしません、レプリカが早く完成してくれるといいんですが……。
この個体は後ろの接着剤がはがれて屋根が少し上にめくれてますが、
レース参加車の色がハッキリした時点で、オリジナルの状態に補修するか、
屋根を取り外してレース仕様に大改造するか決めようと思います。


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