キャラクターミニカー秘密基地
劇中車キャラクターミニカーを中心に 陸海空で大活躍するスーパーメカの模型が集まる秘密基地でしたが、開始後7年を迎え「映像作品に登場の様々なキャラの玩具」を紹介するブログとして拡大再開店です
プロフィール

FZIRO

Author:FZIRO
ミニカーコレクターからも、
合金コレクターからも異端視される
劇中車のキャラクターミニカー、
それも標準スケール物を中心に
ひたすら集め続けています。
マイナーなジャンルでしたが
この頃はキャラウィールや
カーズのおかげで、少しは
市民権を得られてきたかな?(笑)
なお、このブログの内容は、
いわゆる「日記」ではないので、
コメントや御質問があったら、
古い項目にも御遠慮なくどうぞ!

最初においでになった際には
カテゴリーの一番上の、
収集・運営ポリシー を御覧下さい。


カレンダー

02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


最近の記事


最近のコメント


カテゴリー


サブカテゴリー


月別アーカイブ


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


ブログ内検索


リンク

このブログをリンクに追加する


最近のトラックバック


必殺、 戦刃旋風斬り! ドェァァァァァァァッ!!!
battlemain.jpg

最初のガンダムやマクロスの主題歌での雄渾なる歌声でお馴染みの、
池田鴻さんの絶叫にのせてお送りする今日の御題は、おそらく誰も、もちろん私も
予測してなかった『バトルホーク』よりバトルジープです。
1976年に放送されたこの作品は、日本人の3兄弟(男2人女1人)が
伝説のインディアンの不滅の闘士に変身して、巨大なオノを振り回して敵と戦うという、
その基本設定すらよく理解できない異色のヒーローです(笑)。
永井豪&石川賢が原作のため、カッコ良さよりも凶悪さが目立つキャラクターデザインが
されているうえに、3人とも武器はオノで、兄が変身するバトルホークと
妹が変身するクイーンホークは片手オノ2丁、弟が変身するビッグホークに至っては
人間よりバカでかいオノ1丁をブンブン振り回すもんで、ヒーローというより
ほとんどフレディやジェイソンという感じですが、敵もテロリスト集団「兇鬼の掟」の殺しのプロである、
「闇がかもし出した憎しみの妖精テロル闘人」という設定で、見た目もほとんど妖怪なので、
オノによって残酷に殺戮されていく様子には一種の危険なカタルシスがあります。
ま~、でも、腹にオノを突き刺したり、首をぶった切ったりするんで、
今では地上波での放送は無理かな~?(苦笑)

dvdsenzai.jpg

これはDVDボックスの宣材ですが、前の左にいる赤いのがバトルホークで、
その横の黄色いのがビッグホーク、そして後ろで威嚇する青い怪人が、
憎しみの妖精テロル闘人、じゃなくて、これがヒロインのクイーンホークなんだよぉ!(泣



battle3sides.jpg

……………あまりのアレなキャラクター設定のため、少々取り乱してしまいましたが、
また元のように冷静に進めますと(笑)、このバトルジープはタカラから出された商品です。
タカラはあまりこの種のオモチャには熱心ではなかったので、「ナントカ合金」というシリーズ名は
付いていないようです。ヒーロー関係のオモチャはタケミから出てるのに、このバトルジープだけ
タカラから出た理由も謎で、ひょっとしたらタケミには合金の玩車を開発する力がなかったのかも?
見たとおりベースはジープで、ゴテゴテ飾り付けて正体不明にするどころか最小限の改造に留め、
名前も「バトルジープ」にするという豪快さがステキです。無骨で飾り気がないように見えますが、
フロントには2本のオノを配すという自己のアイデンティティに忠実なところを見せ、
その上には視界を遮ること必至の大型ミサイルを装備という、これまたキャラに合った
物騒なところも感じさせます(笑)。


queenbike.jpg

この車の最大の特徴は、後部にクイーンホークが載るクイーンバイク
(またしても直球ネーミングw)を格納しているところで、
当然、このオモチャでも再現しており、助手席のシートを押すと
一瞬で上のパネルが展開するという気の利いたギミック付きですが、
後ろの扉は手動でないと開かないので、結局あまり意味はありません(笑)。
しかもこのクイーンバイク、前輪を車のシートの間に付きだしてるんで、
前の2人はかなり乗り心地悪そうです……。

いろいろツッコミは入れましたが、このバトルジープ、
全体的に感じるヒーローものとしてもオモチャとしてもこなれていないところが、
今となっては何とも言えない味になっているのもまた確かで、
「よくぞ商品化してくれた!」という感謝の気持ちで一杯です(笑)。

テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

ジェット気流が新兵器?
magumamain.jpg

今日の御題は『マグマ大使』です。昭和41年7月4日に放送が始まったこの作品は、
『ウルトラマン』と並ぶ「第一次怪獣ブーム」の花形でした。
科学特捜隊員が実質主人公で、あくまで大人目線で物語が進行する『ウルトラマン』に対し、
主人公がマモル少年とガムという少年コンビのため、子供目線で話が進み、
彼らに対して真剣に誠実に接してくれる大人たちの姿が極めて頼もしげに映るという、
子供番組としては理想的なフォーマットを持つ作品でした。
特に序盤はマモルの母が誘拐されたため、パパと二人で助け合い事件に対決する姿が健気で、
マグマ一家にはモルという理想的な母がいるところもいい対比になっていましたね。

magumafamily.jpg

アース様とマグマファミリーです。マグマはいつもは巨人ですが、
身体の大きさを自由に変えられるという設定なので、こういう写真も間違いではありません(笑)。

マグマ大使とはアース様が御創りになった「ロケット人間」です。
いちおう「生きているロケット」というような説明がされていたと思いますが、詳細不明です。
単なるロボットではないことには、大破した時には機械的修理だけでなく、
大地に埋まって、マグマのエネルギーを吸収することで復活するという描写が、
原作では成されていた記憶があります…。


maguma3sides.jpg

『マグマ大使』の玩具と言えば、怪獣ソフビが中心で、ブルマァクを始め数社から出てますが、
まぁそれらは専門のサイトにまかせて、ここでは触れずにおきましょう…。

今回お見せしているのは、ワンフェスで買ったガレージキットで、大きさは9.5cmです。
かなり昔の物で、確かゴアの円盤も一緒に買ったはずですが、
今回、マグマだけが偶然に発掘されました。

kitform.jpg

一応、組み立てて色は塗ったけど、元がこんな感じの2パーツのムクキットなんで、
削って穴あけるのに苦労しそうだし、間違ってたら取り返しがつかないので、
ロケット発射孔がどうなってるの資料が見つかるまで、そこは放置です…。

マグマ大使は多彩な武器を持ちますが、表題に使った通り、ジェット気流が新兵器でもありました。
「ジェット気流」というのは「ジェット噴射のように強く吹く風」のことなので、
このフレーズは今だったらとても考え付かない文句でしょうが、一応劇中でも、
敵の回りをロケット形態で高速回転しジェット気流を作り出して攻撃してるので、
全く意味不明で使った訳では無かったようです(笑)。

『マグマ大使』を製作したピープロというプロダクションは、社長が漫画家のうしおそうじ氏のためか、
いろいろな素材の管理に杜撰なところがありました。
そのため製作された作品はフィルムは残っているようですが、音楽テープは未発見で、
一連の作品は、レコード会社が管理していた主題歌・挿入歌しかレコード化されていません。
今回のタイトルに使ったフレーズが用いられている『マグマ大使主題歌』は山本直純氏作曲で、
BGMも彼の手になるものです。それらをまとまって聞くことはまだできないのが残念ですが、
あの勇壮なイントロで始まる主題歌だけでも、聴くたびに充分なパワーを分けてもらえるので、
BGMテープ発見の日まで、この歌と無邪気な「ガムの歌」を繰り返し聞いて、ガマンしましょう(笑)


では、最後に歌の通りに、今日も空を行くマグマの勇姿を御覧ください!
magumafly.jpg


テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

平和の歌声、聞かせてくれる……
koredermain.jpg

先日亡くなられた作詞家阿久悠さんを偲ぶ意味も込めて、
今日の御題は『スーパーロボット マッハバロン』登場のマッハトリガーにします。
『マッハバロン』は1974年に放映されたロボット特撮もので、
『レッドバロン』『マッハバロン』『ガンバロン』の3つを「バロンシリーズ」と呼ぶこともあります。
お話にも放映時期にも直接のつながりはありませんが、第二期ウルトラシリーズ時に
円谷プロの人員整理で解雇されたベテランが集まり作られた会社である日本現代企画、
および、その残党である創英舎が制作に関わっているところに、シリーズとしての
連続性をみることができるでしょう。そして後にアニメ版『レッドバロン』が創られたのは、
原案に参加した野口竜つながりの企画だったのでしょうか?

mbgasatu.jpg

当時、見ていた印象で言うと、ズングリムックリだったレッドバロンに比べて、
マッハバロンはスマートでシャープなイメージが強かったですが、
スーツが高下駄式だったみたいで動きがかなり制限された感じで、
全体としては一長一短でしたかねぇ…。


mbpuramohakoe.jpg

この作品、マーチャン的には大成功だったようで、ウィキペディアによれば
アオシマから発売されたプラモは1975年度に最も売れたプラモデルだったそうです。
たしかにアオシマお得意の、5~6個集めて大きなマッハバロンと基地を構成するプラモデルは
友達が持ってたのをうらやましく思ってた憶えがありますね。
でも私が当時買えたのはイマイ製の確か50円の小さいプラモでした。
『レッドバロン』の時はマルイ製のリモコンのプラモを買ったので、たぶんこの時も
同等のが出るのを待ってて、50円のはガマン出来ずに買っちゃったんですね(笑)。
上の写真のイマイの当時200円だかのキットは、大きさはマルイのとほぼ同じらしいと
後になって知ったんですが、動かないキットだったのでスルーしてました。
マッハバロンのプラモはバンダイからも出ていたんで、版権管理がどうなってたのかが
ちょっと気になるところですが、たぶん独占契約を結ぶほどのヒットは当初誰も予期せずに、
アオシマの大ヒットを見て、他のメーカーも後から参入したって感じだったんでしょうか?(笑)


koreder3sides.jpg

このミニカーはポピニカで、後ろのウィングまで入れても約9センチ6ミリと
当時のポピニカにしては小ぶりですが、これは巨大な主翼が付いてるせいですかね…。
車種的には初代のフェアレディZの改造で、フロントはより大きなカーブが付けてありますが、
リアビューなんかそのまんまです(笑)。

arasidayo.jpg

主翼の折り畳みの他は、フロントのバンパーの突出部を押すと、
四角いケース(?)に入ったパイロットが飛び出すというギミック付きですが、
これが劇中の仕掛けを仕掛けを再現したものなのか、
コーギーのアストンマーチンDB5の影響によるものなのかは、
記憶がもはや曖昧なので解りません(笑)。


epjake.jpg

さて、話を歌に向けますと、あのギンギンのサイケデリックなオープニング、
それから静かで美しいバラードのエンディング共に、
作詞は阿久悠さんで、作曲は井上大輔(井上忠夫名義)さんです。
期せずして、どちらも故人のコンビなってしまったのは残念です……。
歌唱を担当したすぎうらよしひろさんは情報があまり無い人なんですが、
『ガンバの冒険』のエンディング「冒険者たちのバラード」や、
それから杉浦芳博名義で『行け! 牛若小太郎』の歌2曲を吹き込み、
それからノラというフォークグループの持ち歌の作者にもこの名前が見受けられるので、
元はフォーク畑の人だったのかも知れません…。


阿久悠さんも井上大輔さんも、アニメや特撮主題歌の世界だけでなく
歌謡曲の世界でも活躍されたアーチストでした。
オープニングのグラムロックテイストを取り入れたというハイテンションさも、
エンディングの祈るような安らぎも、単なるアニソンを超えたすばらしさを持っているのは
厳しいヒットチャートの世界を生き抜いてきた経験のなせる技なんだと思います。

お二人とも、どうか安らかに、眠れ、眠れ、……。
きっと誰もが、丸く囲んでお二人の歌を口ずさみ、
平和の歌声を聞かせてくれることでしょう…。

テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

急がず~、のんびり行こうよ!
k100main.jpg

今日の御題は覆面えるさんとの勝手連で『走れ! ケー100』です。
再放送もあまり多くなく、当時観たことのある人たちだけが知っていた幻の番組でしたが、
平成になってからはCSで何回か放送され人気だったのか幸いしたのか、
DVDボックスが2種発売され、それに合わせ関連商品もいくつか出ることとなり、その真打ち
としてアオシマから1/43の精密模型が、前期型・後期型と2種類も発売されました。
当ブログではそのうち前期型を取り上げますので、後期型と関連商品については
覆面えるさんのページを御覧下さい。


k1003sides.jpg

こちらがその前期型の3面図です。スケールはこれしか無い1/43、と言うのもこの1/43という
スケールはもともと鉄道模型のOゲージに起因するもので、そもそもミニカーの起源の一つが、
その鉄道模型用の情景アクセサリーだったんですね。
そのスケールのため全長7.5cmとほとんどトミカサイズ並みで、それで定価3650円は
当初の予告されていた金属製ならまだしも、実際に発売されたプラ製では高い気もしますが 、
まぁこれは売れそうな数を考えたら仕方ないことかもしれません…。

さて、放映当時に出たソフビや今回用のアオシマの見本がスカイブルーに近い色だったんで、
前期型は明るいブルーだと思ってたんですが、実際の商品は紺色に近い色でした。
最初は後期型と詰め間違えたエラー品かとも思ったけど、前面ハッチが茶色に塗られてたんで
間違いなく前期型ということが判明。なぜこの色の違いが起こったのかは解りませんが、
このアオシマの模型、最初の予告から実際の発売までに2回の延期があったので、
さっき触れた材質の変更と共に色の変更もその理由に入っていたのかも知れません。


このケー100、設定上は北海道で走っていた軽便鉄道用の機関車ということです。
軽便鉄道というと、あの「きかんしゃトーマス」もそうで、日英の軽便鉄道が擬人化され
物語化されてるということは、やはり大型の機関車よりも小型なところに親しみを
感じる人が多いからなんでしょうね…。
設定上は小型機関車ですが、実際の走行用車両は、なんとカナダのアンフィ・キャットという
水陸両用バギーをベ-スに作られたものだそうです。

amphicat.jpg

こちらがそのアンフィ・キャットのカタログに掲載されている写真ですが、なるほど、
あのケー100の地上用6輪そのままですね。ちなみにこのバギー、あのアンダーソン作品の
『スペース1999』のムーンバギー(原題ではMooncat)のベース車としても使われており、
6輪で未来的なフォルムが、けっこうSFやファンタジー作品では重宝されていたことが解ります。
moonacat.jpg


ケー100の場合は、そのフォルムは全く活かされてませんが、「水に浮く」という機能の方は、
あの感動の沖縄編のラストシーンを始め、劇中に見事に使われていますよね。
よく水上走行できるように作ったもんだなぁと思ってましたが、水陸両用バギーにFRPのボディを
付けた訳ですから、バランスにさえ気を付ければ浮くのも当たり前の話。
逆に言うと機関車としてレール上を走らせた方がスゴイ訳で、あれは別の車体なんでしょうか? 
今回のミニカーでは軌道を走らせる際は車輪が付いたシャーシ全体を取り替えるシステムに
なっていて、これと同じ事を撮影用車両でやるのは大変だったと思うんだけど、
いったいどうやってたんでしょうね?
1話の前半で、軌道用車輪のままで街中に乗り出す描写があるけど、
さすがに走ってる姿は映さなかったし(笑)。
FRPのボディだけ、スポッと取り外せるようになってたんでしょうかね~?

紋太のさらなる成長を促すため、沖縄編の最後で海の彼方に去っていったケー100。
きっとガンバリ屋の彼のことだから、海の藻屑と消えたりはしないで、台湾あたりを皮切りに
中国大陸に上陸し、その後も元気に世界中でピポピポ旅行を続けているに違いありません。

最後に、そのまま旅を続けてヨーロッパあたりに到着したケー1OOの元気な様子を、
想像して撮った写真をお見せして、今日は締めると致しましょう。
サイズが大きいのでクリックしてどうぞ!

hasire.jpg



テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

怪獣の世界からこんにちわ!
banpakusubmalinemain.jpg
昭和の時代に「怪獣ブーム」という言葉がありました。TVや映画が特撮作品であふれた
夢のような時期のことで、一応の区切りは第1次怪獣ブームが1966年から1968年まで、
第2次怪獣ブ-ムが1971年から1975年まで、第3次ブームが1978年から1981年までですが、
そのブームとブームの間に公開された作品もあったし、第3次は終わりがはっきりとせずに
くすぶり続け、1984年の東宝映画『ゴジラ』の封切り後は何かしらTVや映画で
特撮作品が見られるようになり、今日に至っています。

このうち第1次は、自然発生的に起こった本当の意味のブームでしたが、
第2次は1次のブームを盛り上げたものの、他の部門の不振が災いして倒産したマルサンから
怪獣部門を引き継いだブルマァクが、雑誌やテレビに働きかけ意図的に起こしたブームだったことが、
今日では知られています。そういう視点で見ると、第1次ブームはマルサンの倒産と共に終わり、
第2次ブームはブルマァクの倒産で終了、そして第3次ブームがはっきりとは終わらなかったのは、
それをオモチャで支えたバンダイが倒産せずに、今日も日本一の規模のオモチャ会社として
君臨し続けているため、とも言えるでしょう…。


gamejyaposter.jpg
今日の御題の『ガメラ対大魔獣ジャイガー』が大映系で公開されたのは1970年3月21日。
第1次ブームは終わっていた頃ですが、東宝系では前年末に
『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃 』が、そして春の同じ時期には『キングコング対ゴジラ』が
リバイバルで公開されていたこともあり、当時はそういう認識は全くありませんでした。
確かに今日調べてみると、この1970年に放送開始された特撮TV作品は
『チビラくん』『ジャングルプリンス』『ウルトラファイト』『俺は透明人間』位しか無く、
このウチ見た記憶があるのは『ウルトラファイト』だけなんですが、あまり怪獣に飢えていたという
感じではなかったのは、映画があったのと、何か再放送でも見ていたからでしょうか? 
もともと第1次ブーム時は特撮TVも少なかったので、あまり飢餓感を感じなかったんでしょう…。

banpakukaizyou.jpg
『ガメラ対大魔獣ジャイガー』は大阪万博タイアップ作品で、会場でのロケはもちろん、
ガメラとジャイガーの最終決戦は万博会場付近で行われます。
付近というのは、さすがに開場前のパビリオンを壊すわけにいかなかったのか
建物のあるエリアに入ってこないからで、たまに勢い余ってソ連館にぶつかったりしてるので(笑)、
写真では左手に黒っぽく写ってる会場裏手の山やせいぜい会場の北部に広がる日本庭園あたり
まで踏み込んできての激突だったと思われます…。

写真左のソ連館の上の方に見えている池が、たぶん、ガメラが透明になって頭を突っ込んだ
あの水辺でしょうね。ソ連館横あたりで肩を刺されて、ヨロヨロと千鳥足で歩いてブッ倒れるんだから
このくらいの位置関係でしょう。ここでTOPにお見せしている潜水艦の大活躍になるわけですが、
matuzawaike.jpg
ここは松沢池といって、地元の人々にはお馴染みの公園のようです。


banpakusubmaline3sides.jpg
今回メインでお見せしているのはイワクラの「ガメラ大魔神特撮大百科EX」の一つ。
レジンキャスト製の約6.5cmで、前回ブーたれていた
「食玩と同等品をバカ高い値段で売りつけるボッタ商品」で、
3500円と食玩の約10倍で300個の限定生産と唱ってあります。
まぁもっともこれを食玩と考えるからハラも立つんで、
着色済みガレージキットと考えると安い方でしょうかねぇ…。
普段ならこんなコストパフォーマンスの低い商品は完全スルーですが、
大阪万博に関係あるミニカーを何か1台欲しかったので買ってしまいました(苦笑)。

modyuro.jpg
大阪万博とクルマと言えば、当時実際にイタリア館に展示されたフェラーリのモデューロとか、

riniamotercar.jpg
日本館に展示されたリニアモーターカーの模型を真っ先に思い出すんですが、
それらのミニカーやオモチャは高価なだけでなく、なかなか見つからないんですよね……_| ̄|○

その点この小型潜水艇はマイナーすぎるのか、人気的に引く手あまたと、
いうところまではいってないようです…。それでも当時子供だった私にしてみれば、
これはガメラと触れ合えただけでなく、危機を救うのに大いに役立った素晴らしい「主役」メカなので、
模型化してくれたイワクラにはやはり感謝しないとバチが当たるでしょう(笑)。

jiger2nd.jpg
お値段が張るだけあって、潜水艦の他にジャイガー2世のフィギュアが、
受話器が頭に貼り付いたのとそうでないのの2種類と、それから展示ベースが付いてます。



今日は実はブログ開始丸2年の記念日なので、特別にあといくつかお見せしましょう…。

gamerajiger1.jpg
イワクラが最初に発表したオリオンブランドの食玩「ガメラ ガッパ ギララ 特撮大百科」から、
透明ガメラを立たせて着色したガメラとジャイガーの対決シーンです。
ガメラは顔自体はいじってないのですが、ジャイガメというよりバルガメの顔になってますね。
ジャイガーは上の2世と比べたら、やはり2世は子供なんで幼い顔つきです。
本当の撮影用スーツは角だけ変えた親と共用の気もするんだけど、まぁそこは愛嬌かな?(笑)

ちなみに昭和ガメラの撮影用スーツは、最初の『大怪獣ガメラ』時の荒々しい「初ガメ」
syogame.jpg

『ガメラ対バルゴン』で登場し『ガメラ対大悪獣ギロン』まで使われたハンサムな「バルガメ」
barugame.jpg

『ガメラ対大魔獣ジャイガー』『ガメラ対深海怪獣ジグラ』使用の顔が間延びした「ジャイガメ」、
zyabgame.jpg


それから『宇宙怪獣ガメラ』で使われた飛行形態だけの「宇宙ガメ」の4種があります。
utyugame.jpg

このうちバルガメは使われた期間が長く、顔の破損と補修も何度か行われているので
作品事に微妙な違いがありますが、関係者の話では同じスーツだとのことでした…。


minitower.jpg
背景の万国博会場はタイムスリップグリコ大阪万博編に合わせて、
出てない分をフルスクラッチしたものです。元が食玩なんで、正確なスケールモデルというより
イメージモデル的に大まかに作りましたが、それでも1月かけて50個以上のパビリオンを作った
苦心作です。それぞれの大きさは最大でベースが6×7cmくらいでしょうか?
大きめの画像にしましたのでクリックしてどうぞ!

ちなみにその中の一つのタイ館の大きさはこんな感じになります。
100yenhikaku.jpg


zenkei.jpg
大阪万博は今日まで語り継がれるビッグイベントで、当時を知る者にとってはまさに夢の空間でした。
私は当時7才。博多在住でしたが大阪に親戚がいたんで訪れることができ、2回足を運んでいます。
全体としては未来と過去が混在した超異世界という感じで、太陽の塔を始め、ガスパビリオン、
東芝IHI館、三井館等々、怪獣を思わせるパビリオンもたくさんあり、
建物を怪獣化した「万博怪獣」もいくつか生まれています。


bangon.jpg
これはその一つの、たぶん円谷プロによるバンゴンで、太陽の塔をストレートに
でもなぜか、凶悪怪獣化してます(笑)。右に小さく載せられている子供の絵を元にしたのかな?

expora.jpg
こちらは手塚プロが作ったらしいエキスポラで、太陽の塔だけでなく主要なパビリオンが合体して
怪獣になってます。各パーツがどのパビリオンか全部解った方は立派な万博博士です。
ちょうど怪獣が少なかった1970年だったからこういう遊びも流行ったんでしょうね。
第1次怪獣ブーム時は各怪獣は引っ張りだこで、版権上、東宝や円谷怪獣が使えない媒体は
世界の伝説上の怪物や恐竜、さらには勝手にでっち上げた怪獣までも使って
ブームに乗り遅れまいとしていました。

kaizyukaizingogo.jpg
これは『少年キング』に載ったグラビアですが、スフィンクスは解るとしても、
コウモリだの、ヘラクレスカブトムシだの、ファラオや仁王様まで巨大化させて
怪獣と言い張らざるを得なかった編集者の焦りが伝わってくるようですね~。
だからこそ、当時は「新怪獣」ということばに重みというか有り難みがあったんでした(笑)。



実は「大阪で開かれる万国博覧会」というものが、一番最初に子供の心に焼き付いたのは、
1967年のお正月の出来事で、『ウルトラマン』の「怪獣殿下」の前後編によるものでした。
そうです、ゴモラが展示されるはずだったのはEXPO70だったんですよ。

banpakuaboras.jpg
劇中、怪獣殿下の空想として使用のこのイラストは、当然会場が完成する前に描かれたものですが、
ソ連館や電力館っぽい建物もあってどこか実際の会場のイメージに近いのが興味深いですねぇ…。
肝心の怪獣がなぜかアボラスなのは謎ですが(笑)。

gomorabanpaku.jpg
ゴモラは逃げ出さなければ日本館に展示される予定だったはずなので、
その前あたりに立たせてました(笑)。これはバンダイの食玩のウルトラ怪獣名鑑を使ってます。


来年は2010年で、大阪万博40周年の記念の年なので、万博会場跡では太陽の塔内部の
常時開放と、今はほとんどただの倉庫と化している鉄鋼館の整備と内部の公開を目指して
準備中だとか…。それから、残念ながら、先日事故により閉園になったエキスポランドですが、
解体によりいろいろ出てきたモノもあるでしょうから、
そういうモノも集めて、大規模な回顧展を開いてほしいものです。
実現したら、私も40年ぶりに万博会場に足を運ぼうと思います! ヽ(´ー`)ノ


この2年間、「キャラクターミニカー秘密基地」に足を運んで下さった、
延べ118664人もの方々に心から感謝いたします…。
まだまだ至らぬ部分も多いかと思いますが、今後も頑張って更新していきますので、
どうかまた足をお運び下さい。m(_ _)m

なお、ゴールデンウィーク中はお休みさせていただいて、
次回更新はたぶん5月11日になると思いますので、そのとき、またお会いしましょう!





テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用