キャラクターミニカー秘密基地
劇中車キャラクターミニカーを中心に 陸海空で大活躍するスーパーメカの模型が集まる秘密基地でしたが、開始後7年を迎え「映像作品に登場の様々なキャラの玩具」を紹介するブログとして拡大再開店です
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FZIRO

Author:FZIRO
ミニカーコレクターからも、
合金コレクターからも異端視される
劇中車のキャラクターミニカー、
それも標準スケール物を中心に
ひたすら集め続けています。
マイナーなジャンルでしたが
この頃はキャラウィールや
カーズのおかげで、少しは
市民権を得られてきたかな?(笑)
なお、このブログの内容は、
いわゆる「日記」ではないので、
コメントや御質問があったら、
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おバカで偉大なこのレース、なんつったりして(w
tomasmain.jpg

せっかく「クラシックカー」というカテゴリーを作ったので、今日もそのジャンルのミニカーを
御題に取り上げます。という訳で今日の御題は『グレートレース』です。

『グレートレース』は1965年に製作されたアメリカ映画で、
「ピンクパンサーシリーズ」でおなじみのブレイク・エドワーズ監督作品です。
トニー・カーティスが主役のイケメン興行師グレート・レスリー、
ジャック・レモンがそのライバルのオッサン興行師ドクター・フェイト、
ナタリー・ウッドが男勝りの新聞記者マギーを演じています。
main_photo_330.jpg


ニューヨークからパリまでを突っ走る超長距離レースを描いたこの映画は、
1908年に実際に行われたニューヨークからパリまでのレースをモチーフに作られました。
フランスとアメリカの大新聞、ル・マタンとニューヨーク・タイムズが共催した実際のレースに参加したのは

アメリカからはこの「トーマス・フライヤー」、
thomas.jpg


ドイツから「プロトス」
protos.jpg


イタリアから「ジュスト」
zust2.jpg


フランスから「ド・ディオン・ブートン」
dedion.jpg


同じくフランスから「シゼール・ノーダン」
szirei.jpg


そしてもう1台フランスから「モトブロック」
motoblock.jpg


の計6台で、スタート後一斉に北米大陸横断に挑みましたが、シゼールとモトブロックの
フランス勢2台はサンフランシスコにたどり着けず早くもリタイヤとなります…。
サンフランシスコからは船でアラスカへ向かい、映画でも難所だったベーリング海峡を渡るのも
想定されたルートだったそうですが、本気で張った氷の上を走るつもりだったとか…。
ところが現地に着くと「海峡全体が凍り付くことはまずなく、車での走破など不可能」
ということが解りコース変更になったという大マヌケぶりです。
えっと、これだけの大レースをやるのに下調べをする人は誰もいなかったんでしょうか? 
主催してるの新聞社なのに……_| ̄|○ 

結局、また船で一旦シアトルへ戻って、横浜へと向かい船出し直し、横浜に上陸。
当時はまだ、自動車の走行は想定外の道をなんとか整備しながら駿河まで走って、
そこからまた船でウラジオストックへ向かったそうですが、
なぜ最初からアラスカから対岸へ船で直行しなかったのかは全くの謎です。
アラスカに船で行ったはいいけど、そのあまりの寒さにベーリング海峡だけじゃなく、
シベリア北部を走破するのがイヤになったのかも知れないですね~(笑)。
日本で横浜から駿河へ走ったってのもルート的には逆走だから意味不明だけど、
これはひょっとして、つうか鉄板でフジヤマやゲイシャを見たかったんでしょうね(笑)。

flyerinjapan.jpg

きっとこんな写真を撮って、新聞社に送ったんじゃないでしょうか?(笑)

もっとも、横浜から向かったのは駿河じゃなくて敦賀だという説もあって、
それなら日本海に抜ける訳だから納得ですが、それにしても富士山の前は通ったろうから、
やっぱこういう写真は撮ったことでしょうね(笑)。



まぁそんな感じでウラジオストックからは、トーマス、ジュスト、プロトスの3台がレースを再開し、
ドイツのプロトスがトップでゴールインしたものの、途中のインチキがバレ、
結局、優勝と認められたのはアメリカのトーマス・フライヤーのモデル35、6気筒72HPのこの車でした。
エドウイン・トーマスが1900年に設立したトーマス社は、当時のアメリ力で最も有名で大きな
自動車メーカーの一つでしたが、見事その面目を保った訳です。

tr3sides.jpg

お見せしているミニカーはリオ社製の標準スケールで全長は10cm8mm。
白いボディと後部に掲げられたアメリカ国旗がとっても粋で、映画のグレートレスリー号と見比べると、
なるほどあれはこのトーマス・フライヤー号をさらにゴージャスにしたモノだと納得がいきます(笑)。


Leslie.jpg

hunnibalstaney.jpg

実際のレースと違って、映画では開始早々、ドクターフェイトの妨害工作でほとんどの車がクラッシュし、
実際にレースをするのは、グレート・レスリー(写真上)とフェイトのハンニバル8(写真下右)、
それから到着が遅れ妨害されなかった女性記者マギーのスタンレー・スティーマー(下左)の3台です。

この3台、なかなかコレクター泣かせの組み合わせで、映画用のオリジナル車両である
グレートレスリーとハンニバル8にはミニカーはありません。
レスリーの方は、今回みたいにモデルとなったトーマスフライヤーで代用できるとしても、
ハンニバル8はお手上げです。外観はまだ自作できると思いますが、

hunnibalbiron.jpg

この写真のようなボディがビロ~ンと伸び上がるギミックは再現が難しそうで、
ポピニカの『鉄人28号』のクリッパーのギミックを流用できそうなんですが、
そのために1台潰すのはもったいないしなぁ…(笑)。
また、スタンレーは蒸気自動車という特殊性ゆえに模型化そのものはいくつかありますが、
現在では入手困難です。ちょうど1/48という手頃なプラモもあるそうなんですけどねぇ…。


この『グレートレース』は『チキチキマシン猛レース』の元ネタとしても有名で、
グレート・レスリーはキザトト君、フェイト博士と助手のマックスはブラック魔王とケンケン、
マギーはミルクちゃんそのまんまです。マギーが伝書鳩を新聞社との連絡用に持っているのは
『スカイキッドブラック魔王』のホッピーですな(笑)。
『チキチキマシン~』の原題が『Wacky Races』なのも、たぶん、こちらの
「グレート」(偉大な)に対しての「ワッキー」(バカげた、下らない)なんでしょうね(笑)。

もっともこの映画もレース自体はチンタラしてるし、夜は酒場で大騒ぎするし、
挙げ句の果てに全員総掛かりのパイ投げ合戦と、全然グレートじゃないから、
タイトル自体がきっついギャグだったりなんかしちゃったりして(爆笑)。





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グレートレース再び!
sizeelmain.jpg
前回、『グレートレース』について書いたのは2007年の9月でしたが、
その際の調査で「2008年にオリジナルグレートレース100周年記念再現レースを開催」の予定で、
現在参加車のレプリカを作成中というニュースを見つけていたんですよ。
そのときは実際に開催されてから改めて記事にしようと放置し、そのまま忘れていたんですが(笑)、
最近、オリジナルグレートレース参加車のミニカーを何台か手に入れたので改めて探ってみると、
どうやら予定が延びてまだ実施されてない様子です。
ひょっとしたら期日までにスポンサーが集まらなかったのかも知れないし、

pekinggoua.jpg
あるいは2008年と言えば、あの北京オリンピックのシナチスによる業火リレーが世界中で行われ
大騒動になっていたので、そのとばっちりを恐れての延期だったのかもしれません。
ちょっと話がそれますが、次回からのオリンピックでは「開催国外での聖火リレーは行われない」
ことに決まったそうです。あれだけ露骨にプロパガンダに使う恥知らずの国が出た以上は
当然の決定で、中国共産党政府はその蛮行でまたしても歴史に名を刻んだ事になりますね。


purotsreplica.jpg
レースは延期になっても自動車のレプリカ作りは進んでいるようで、
1年半前ですでに完成していたドイツのプロトスの渋い緑色に加え、

thomasreplica.jpg
アメリカのトーマス・フライヤーはその純白の姿を現し、

zustreplica.jpg
イタリアのジュストも鮮やかな赤い色を見せてくれていました。
残るはフランスのたしかデ=ディオン・ブートンだったと思いますが、その完成も待ち遠しいですねぇ!

トーマス・フライヤーは実車が保存されているので、その色が白だというのは解ってたんですが、
他のクルマはモノクロ写真しかなかったので、プロトスの緑とジュストの赤はとても新鮮に目に映り、
残りの3台がどういう色だったのかも気になってきました。
このレプリカ作りと連動して、オリジナルレースのドキュメント仕立ての映像作品も撮影されたようで、
その作品『The Greatest Auto Race』も観てみたいです。


映像作品と言えば、あのブレイク・エドワーズ監督の作品『グレートレース』ですが、
調べていくウチにけっこう大筋では史実をなぞっていることに改めて気づいてきました。
ただ微妙な違いもあり、そのあたりを改めて検証していくとまた面白そうです。

greatracemovie 2009-04-03 08_35_13_437
映画ではアメリカ人のグレート・レスリーがアメリカ車の性能を全世界にアピールするために
レースの開催をアメリカ自動車協会に持ちかけ快諾されています。
(その際にレスリーはお偉方の目の前で、たぶんグレートレスリー号のモックアップを
もて遊んでいますが、よく見るとそれがトーマス・フライヤーに似ているのは意図的だと思います。)
しかし史実ではフランスが言い出しっぺで、フランスにひしめいていた多数の自動車メーカーの名前を
世界に轟かせようと企画されたものだったようです。フランスから3台も出てるのもそのためで、
他国の3台はそれにハクを付けるための添え物、つうか生け贄だったようです。
そのため、ドイツからはプロトス、イタリアからはジュストと、あまり有名とは言えないメーカーしか
参加していないし、アメリカは誰も名乗りを上げないため、トーマス・フライヤーがやむなく参戦した
というのが正直なところだったようです…。

szeel3sides.jpg
今日お見せしているのはそのフランス勢からの1台で、シゼール・ノーダン・コルサ1906です。
フランスのクレというメーカーのモノで、約7.4cmで1/48スケールのプラスチック製。
私は今回初めて知ったメーカーなんですが、
cremark.jpg
このような「鍵」のマークのトレードマークを持ち、フランスではそこそこ有名だそうです。


白地に金銀メッキがなされ、赤いシートがアクセントになっているという、いかにもフランス製らしい
シャレたミニカーで、プラスチックの軽みが全然欠点になっていないのは流石です。
バンパーが弓形というかハンガー形というか、独特の形をしており、
ボンネット上の一つ目みたいなディテール(ライト?)とも相まって個性的なルックスになってます。
※ Ponys41 さんの御指摘でこの弓形のはサスペンションだと解りました。
  どうもありがとうございました。m(_ _)m


Sizaire-Naudin72.jpg
このクルマは当時の写真ではこう写ってるので、おそらく色調もミニカーに似た感じだったと思います。
シゼール・ノーダンはモーリス&ジョルジュのシゼール兄弟と、ルイス・ノ-ダンにより
1900年頃設立されました。彼らが作ったクルマは1908年5月10日のシチリア島自動車レースでは、
スタートからしばらくは首位を保ったりもしてるので、基本的な性能は悪くなかったようですが、
全体の完成度には問題があったのか、シチリア島レースではスリップで脱落、
このグレートレースでもたった71キロ時点でリタイヤし、ニューヨークを出ることすらできませんでした。
この会社はクルマの完成度同様、社内の結びつきも弱かったようで、1912年にはシゼール兄弟は
飛び出し新会社を設立したため、10年そこそこの歴史しか刻めませんでした…。
なんかこのあたり、レース結果と社運が直結してるようで面白いですねぇ……。

『グレートレース』関連は何回か続けようと思ってますので、以降もお楽しみに!










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グレートレース、史実と映画を徹底検証!
motoblocmain.jpg
今回は映画と史実の細かい違いを拾っていきます。
映画では開始早々、大半のクルマがフェイト教授の妨害工作でクラッシュしてますが、
ここで総出場車を画面で判別できる範囲で推測してみると、1番がグレートレスリー(米)、
赤の2番がダラックJJ1907(仏)、緑の3番がスタッツ・ベアキャット1914?(米)、
黒い4番がパナール1907?(仏)、5番が教授のハンニバル8(米・自作)、
6番が赤茶色のフォードモデルR(米)、たぶん7番がマギーのスタンレー・EX・スティーマー1909(米)
というメンツでしょう。外見からの判断なんで疑問は残るとはいえ、7台中5台が見事に
アメリカ勢で占められているのは、この映画でのレース成立のアレンジから考えて当然で、
多少年代が合わないクルマがあるのは御愛敬(笑)。

1903 Darracq JJ
赤の2番であるDarracqというメーカーは今日でこそ有名ではありませんが、1896年にフランスに
設立された最古の自動車会社の一つで、フランスだけでなくドイツではオペルの元になる会社、
そしてイタリアではアルファロメオの元になる会社の設立にも貢献したメーカーでした。

sutatsz.jpg
緑の3番であるスタッツは、1911年の最初のモデルからインディ500レースに出場した
アメリカのスポーツカーとして有名な存在で、特に14年から発売されたこのベアキャットは、
座席とガソリンタンクおよびスペアタイヤ等の最小装備を備えただけで風防すら持たない
質実剛健で野性的なロードスターでした。ちなみにベアキャットって本来はレッサーパンダですが、
アメリカのスラングでは「闘士・豪傑」の意味になるそうで、スタッツの場合はこっちでしょうね。

panald.jpg
黒または濃紺の4番であるパナールは1890年にフランスで初めてガソリン自動車を開発した、
世界最古の自動車メーカーです。ここは比較的長持ちした会社で1955年にシトロエンの傘下に入り、
乗用車の生産こそ1960年代に終了してますが、軍事車両のメーカーとしては健在です。

1906 Ford Model R
赤茶色の6番はフォードモデルRで、これはあのTタイプの直前に発売されたタイプなので、
どこかシルエットが似てますね。Tタイプが発売されたのが1908年の秋で、
グレートレースには間に合ってないので、その「代理」的登場でしょうか?

使われているクルマはいずれも、そのクラシックカーのホンモノではなくてレプリカっぽいので
まぁどれもそれに似たクルマってことで(笑)。異論をお持ちの方はどうか御指摘下さい。m(_ _)m


一方、史実では妨害工作があったかどうかはわからないものの(笑)、
フランスの2台(シゼール・ノーダン、モトブロック)がスタート早々にリタイヤ。
映画では残った3台がレースを繰り広げますが、
史実では4台(トーマス・フライヤー、プロトス、ジュスト、デ=ディオン・ブートン)。
映画ではそのうちの1台が途中でリタイヤしゴールインしたのは2台ですが、
史実では3台(トーマス、プロトス、ジュスト)。
映画では2台がゴール直前でデッドヒートしますが、史実ではゴールイン間隔は非常に開いており、
1位と2位の間は役半月、3位に至っては2月以上遅れていたそうです。ちょっとこのあたり、
現代の我々の想像を超えてますが、その間、開催側はどうやって待ってたんでしょうねぇ?(笑)

優勝をアメリカにさらわれ、ゴールインできたのも生け贄用だった3台のみで、
フランス勢は全滅に終わったこの現実のグレートレース。
そのため開催後はフランスでは大いに盛り下がってしまったようで、
映画化がハリウッドによってなされたのもその辺に原因がありそうです(笑)。

greatrace piefight 2009-04-07 03_10_45_984
映画化で足されたウーマンリブの伸張とか、酒場での乱闘やパイ投げなんてのはまぁ、
当時の感覚での映画として成立させるためのオヤクソクですかね?
確かにこの映画でのナタリー・ウッドはセクシーでキュートだけど、 
延々と繰り広げられるトンマなギャグは今となっては閉口せざるを得ないんですが…。
そうそう、史実では女性ドライバーなんて参加していないのはもちろんです。


今回取り上げるミニカーはモトブロックです。モトブロックは1902年から31年までボルドーに存続した
自動車メーカーですが、ここに関しては非常に資料が少なく、日本語でヒットするのは
ウチの前の記事と、オリジナルグレートレースについて簡単に触れたページと、それから、

motoposter.jpg
このアールデコ調のポスターに関する記事だけでした…_| ̄|○ 

英語でもあまり事情は変わらず、フランス語だったらもっとまとまったページがあるのかも
知れないけど、読めまへん(泣
で、乏しい資料を読んだ限りでまとめると、モトブロックはシャルル・スコーデル?( Charles Schaudel)
という人物が他社で自動車製造に関わった後、最初に自分の名前を冠したSchaudelという
オートバイを足かけ3年作った後に設立した自動車メーカーのようで、
自分の名前でなく、発明したエンジンにちなんだ名前を社名にした最初期の例だということです。
まぁでもスコーデル氏も最初は自分の名前の会社を作ってた訳だから、
それが傾いた時に借金のカタに押さえられて、同じ名前では新会社を立ち上げられなかっただけ
のような気もしますが(笑)。
その発明したエンジンというのは2シリンダーだけど分かれてないモノブロック構造になっていた
そうですが、クルマの構造に疎い私にはどうすごいのか全然ワカリマヘン、スンマセン。m(_ _)m

このメーカーは1910年前後のレースにはけっこう顔を出しており、グレートレースの他にも、
1903年の「パリ~マドリード」レース、それからこれは架空の世界ですが、
carmakers.jpg
映画『チキチキバンバン』の冒頭で行われている1908年フランスグランプリの観客席の屋根に、
メルセデスやフィアット、ルノーと並んでモトブロックの名前がデカデカと書かれているところからも、
当時のモトブロックが一流自動車メーカーとして認識されていたことが解りますね。
そんな成功した自動車メーカーであったモトブロックの倒産は、大恐慌のあおりでらしいんですが、
不況で自動車メーカーが左前になるって現実は昔も今も変わりないようです(苦笑)。
こういうメーカーですからミニカーも非常にレアで、RAMIから出るには出てるんらしいんですが、
年代が違うので形が全然違っています。そこで今回は「見立て」のワザを駆使して、
似た感じの無銘ミニカーをそれに仕立てることにしました(笑)。

motobloc3sides.jpg
お見せしているのはウイスキーのカティーサークが販促用に作ったクラシックカーシリーズの一台で、
縦長のボンネットグリルとそこから上に突き出たヘッドライトが、残されてるモトブロックの参加車の
写真に似ているので採用です。全長約11.2cmのプラ製で、本来は黒い屋根付きなんですが、
今回は外して使っています。ボディの黄色いマークがカティーサーク製を物語ってますね(笑)。

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明るいグレイの色彩も残ってるモノクロ写真から類推できる実車の色に近いんではないでしょうか? 

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日本のグレートレース
dedionmain.jpg
史実のグレートレースは日本にも立ち寄っていたことはすでに書きましたが、
その時の写真をようやく数点見つけました。

まずはこの写真から、
great_race_japan1.jpg
たぶん、写ってるクルマはトーマス・フライヤーだと思います。
自動車なんてほとんど見たことのないはずの当時の日本人なんですが、ちゃんと道ばたによけたり、
馬のくつわを取って暴れないようにしてやりすごしてるのはさすがです。
でも写真をよ~く見ると、いきなり前の道に大穴が開いてますね~。
このあたりが、当時の日本の道はまだ自動車が通ることを想定されてなかった証拠ですかね?(笑)。

次はこちらの写真を
great_race_japan2.jpg
こちらでは、けっこう人が集まってますが、クルマ珍しさもあったんでしょうが、
その横に太鼓を抱いた旅芸人みたいな人がいて、写真左隅には、
その芸人の写真を撮ってるっぽい、アメリカチームの一人らしき人もいるんで、
これは記念撮影ということで、人に集まってもらったのかもしれません。
右端の帽子のオッサンもアメリカチームの人で、「もっと寄ってくれ~」的
現場整理をしてる感じも漂ってます。
「グレートレース」記事第一回で、「富士山で記念撮影したんじゃないか?」って
妄想を書いてましたが、コリャどうも、連中マジで撮ってるっぽいですねぇ(笑)。

そして3枚目はこちら
greatracejapan3.jpg
これは車種はよく解らないんだけども、なにかクルマに補給をしてる様子を興味深くみつめてます。
補給してる人も東洋人っぽい容貌なんで、日本のお役人でしょうかね?
当時の一般人はクルマなんかまだ持てなかったはずですから……。


見つかった写真に写ってるのはトーマス・フライヤーばっかでしたが、ここまで到達したのは
トーマス・フライヤー(米)、プロトス(独)、ジュスト(伊)、そしてデ=ディオン・ブートン(仏)の4台でした。
そのうち、今日の主役としてTOPに鎮座してるのはデ=ディオン・ブートンです。

De_Dion_stoomdriewieler.jpg
デ=ディオン・ブートンという自動車メーカーは上の写真のフランスの貴族デ=ディオン伯が
玩具(鍵?)職人のジョルジョ・ブートンらと協力して作った会社で、
最初は蒸気自動車の製造から始めましたが、1895年に開発したガソリンエンジンは
当時としては驚異的な3500rpmの高速回転が可能(当時のダイムラーエンジンの約2倍)な
高性能を発揮しました。つうより、試作段階では通常回転で使おうとしたら安定せず、
試しに回転数を上げてみたところ安定動作しだしたので、
あわてて周辺器具の設定を高速回転向けにし直してやっと実用化できたらしいんですが、
まぁでもそれで高性能が得られるようになったんだから結果オーライです(笑)。
その高性能のためこのエンジンはいろんな自動車メーカーに提供されましたが、
中でもルノーのレースカーには1901年まで使われ、小型車クラスの圧倒的な強さを誇ったのでした。
そのためデ=ディオン・ブートンは当時最大の自動車メーカーとなり、他社のエンジンの性能が
追いついてくるまでは栄華を誇りました。グレートレースが行われた1908年時点では
他社の性能も上がり、デ=ディオン車の性能は圧倒的有利という訳にはいかなかったようですが、
それでも果敢に挑戦してきたということは、もともと世界最初の自動車レースである
1895年6月の「パリ~ボルドー往復レース」にも蒸気自動車で参加していた程のレース好きで、
フランス自動車クラブの設立に尽力したものの、自らは「メーカーである」という理由で
会長就任は固辞し、副会長にとどまったデ=ディオン伯の、「我こそはフランス自動車界の代表」
という自負があったからなんでしょうね。フランスにはこの頃100近い自動車メーカーがあったそうで、
グレートレースが実はその名声確保のために開かれた一面もあるため、
出場総数の半分に当たる3社も参加しているのは前に書いたとおりです…。

デ=ディオン・ブートンのクルマは、さすがその成り立ちにふさわしい高性能・高完成度だったようで、
11800キロを走り抜き日本までは到達しましたが、おしくもそこでリタイヤとなったようです。
自動車先進国で道路が整備されていたフランスのクルマなもんで、
上の写真にも写っちゃったようにドまん中に大穴が開いてるといった感じの、
当時の日本のクルマが走ることなど想定外だった悪路にやられたのかも知れません。

dedion3sides.jpg
今回お見せしているのはMINIALUXE(ミニオール?)製のデ=ディオン・ブートン1912です。
デ=ディオン・ブートンのクルマは最初期の蒸気自動馬車を始め数点ミニカー化されているんですが、
参加車の写真に一番近いのがこの1912年タイプだったのでこれを採用しました。
プラ製で全長11.5cmの標準スケールのミニカーです。

de-dion.jpg
参加車の色はモノクロ写真の陰影から判断して、淡い彩色がなされていたようですが、
イマイチはっきりしません、レプリカが早く完成してくれるといいんですが……。
この個体は後ろの接着剤がはがれて屋根が少し上にめくれてますが、
レース参加車の色がハッキリした時点で、オリジナルの状態に補修するか、
屋根を取り外してレース仕様に大改造するか決めようと思います。


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ヘタってばかりがイタリアじゃない!(笑)
zustmain.jpg
第1週はミニカーで、今日のお題はものすごく久しぶりの『グレートレース』です。
BGMはこちらでドゾー( ^ー゜)b


間が開きすぎたので、まず最初に前回までのリンクを張っておきますね。
http://charaminicarbase.blog102.fc2.com/blog-category-42.html
この『グレートレース』シリーズ、2007年の9月末の第1回に始まり、
第4回を2009年の4月頭に書いて以来なので、実に5年半ぶりですか!(°∀° )

こんなに開いた理由は2008年開催予定の「オリジナルグレートレース100周年記念再現レース」が
延期となり、その実施を待っていたらなかなかそのニュースが入ってこないままに、
震災や父の死等のショッキングな出来事が連発し、気持ちが離れたこと等が上げられますが、
中途半端で放っておくのは嫌いな性格なんで、ここらで見切り発車することにします。
オリジナルレース参加車6台中4台は紹介済みなんで、残りは2台ですが、
今日はその中からイタリアから参加したZUST(ジュストまたはズスト)を取り上げます。

イタリアも古くからの自動車大国で、グレートレース開催時にはすでにフィアットが創業していたし、
レースにも熱心なメーカーなのになぜか不参加ですが、たぶん理由は前の記事で書いたように
このレースが「フランス弱小自動車メーカーの国際的なデモンストレーション」という性格の強いもの
だったので、イタリアの雄フィアットには御遠慮願ったんでしょう。レースでのフィアットのライバル、
フランスのルノーも参加してないところから「格下レース」として無視された可能性もありますが(爆

Zuest poster
国際レースとしての体裁を整えるために、イタリアから呼ばれたのはジュストですが、
これは日本語ではほとんど資料が見つからないほどマイナーなメーカーです。
なにせ1905年から1917年までの約12年間しか存続しなかったんで無理もないですが(笑)。
Zust-in-NYC.jpg
創業者はロベルト・ジュストでグレートレースに参加したのは5リッターで28/45馬力の赤い車。
フランス勢の噛ませ犬として用意されたはずの米・独・伊の中の一台だったのに、
インチキをするクルマも少なくなかった中、きっちり道路を走り続け、ちゃんと日本へも到達し、
そしてとうとう完走したのでした。三番目の到達で、二位到達のトーマス・フライヤーから
二ヶ月遅れだったそうです。このレース、一位到達のプロトス(独)の途中の列車使用がバレ、
フライヤーが一位繰り上げになってますが、プロトスは失格ではなくて一ヶ月分のペナルティ付加
だったようなので、ジュストの三位は変わらずみたいですね。
二ヶ月遅れとは言え、完走しただけでも快挙だし、逆に、どう考えても勝てそうにない状況で
それだけ遅れても心が折れなかったのが素晴らしいです。
大勢集まるとお気楽極楽なイタリア人ですが、数が減ってくると持ち前の根性が
顔を出してくるのはやはり変わらないようですねぇ!(°∀° )
二月も遅れたってことは、物見遊山気分で単に帰り道をドライブしただけかもしれませんが(爆

zust3sides.jpg
今回のミニカーはDUGUの1/43、ダイキャスト製で全長約8cm。
このミニカーは1908年版で、レースに出たのは1907年版ですが、ほとんど外見に差は無いし、
そもそもZUSTのミニカーがあるってだけで奇跡に近いんで(゚ε゚)キニシナイ!!
ヤフオクで見つけ、数回の敗退の末、やっと手に入れたミニカーなんで愛着もあるし。( ・∀・)


なお延期になった100年記念レースですが、2011年になんとか開催されたようですが、
名前が「ワールドレース2011」という平凡なものに変わり、オリジナルの参加車は
トーマス・フライヤーだけになって他は関係ないクルマが走るという、
なんとも中途半端なものになっちゃったようです。('A`)
名前が変わったのは権利問題かもしれないからしょうがないとしても、
「昔と同じクルマが走る」という企画のキモの部分が失われては、ただの長距離レースですね…。
どうしてこうなった、そしてできあがってたプロトスとジュストはどこへ消えたんだ~ヽ(`Д´#)ノ







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