キャラクターミニカー秘密基地
劇中車キャラクターミニカーを中心に 陸海空で大活躍するスーパーメカの模型が集まる秘密基地でしたが、開始後7年を迎え「映像作品に登場の様々なキャラの玩具」を紹介するブログとして拡大再開店です
プロフィール

FZIRO

Author:FZIRO
ミニカーコレクターからも、
合金コレクターからも異端視される
劇中車のキャラクターミニカー、
それも標準スケール物を中心に
ひたすら集め続けています。
マイナーなジャンルでしたが
この頃はキャラウィールや
カーズのおかげで、少しは
市民権を得られてきたかな?(笑)
なお、このブログの内容は、
いわゆる「日記」ではないので、
コメントや御質問があったら、
古い項目にも御遠慮なくどうぞ!

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怪獣の世界からこんにちわ!
banpakusubmalinemain.jpg
昭和の時代に「怪獣ブーム」という言葉がありました。TVや映画が特撮作品であふれた
夢のような時期のことで、一応の区切りは第1次怪獣ブームが1966年から1968年まで、
第2次怪獣ブ-ムが1971年から1975年まで、第3次ブームが1978年から1981年までですが、
そのブームとブームの間に公開された作品もあったし、第3次は終わりがはっきりとせずに
くすぶり続け、1984年の東宝映画『ゴジラ』の封切り後は何かしらTVや映画で
特撮作品が見られるようになり、今日に至っています。

このうち第1次は、自然発生的に起こった本当の意味のブームでしたが、
第2次は1次のブームを盛り上げたものの、他の部門の不振が災いして倒産したマルサンから
怪獣部門を引き継いだブルマァクが、雑誌やテレビに働きかけ意図的に起こしたブームだったことが、
今日では知られています。そういう視点で見ると、第1次ブームはマルサンの倒産と共に終わり、
第2次ブームはブルマァクの倒産で終了、そして第3次ブームがはっきりとは終わらなかったのは、
それをオモチャで支えたバンダイが倒産せずに、今日も日本一の規模のオモチャ会社として
君臨し続けているため、とも言えるでしょう…。


gamejyaposter.jpg
今日の御題の『ガメラ対大魔獣ジャイガー』が大映系で公開されたのは1970年3月21日。
第1次ブームは終わっていた頃ですが、東宝系では前年末に
『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃 』が、そして春の同じ時期には『キングコング対ゴジラ』が
リバイバルで公開されていたこともあり、当時はそういう認識は全くありませんでした。
確かに今日調べてみると、この1970年に放送開始された特撮TV作品は
『チビラくん』『ジャングルプリンス』『ウルトラファイト』『俺は透明人間』位しか無く、
このウチ見た記憶があるのは『ウルトラファイト』だけなんですが、あまり怪獣に飢えていたという
感じではなかったのは、映画があったのと、何か再放送でも見ていたからでしょうか? 
もともと第1次ブーム時は特撮TVも少なかったので、あまり飢餓感を感じなかったんでしょう…。

banpakukaizyou.jpg
『ガメラ対大魔獣ジャイガー』は大阪万博タイアップ作品で、会場でのロケはもちろん、
ガメラとジャイガーの最終決戦は万博会場付近で行われます。
付近というのは、さすがに開場前のパビリオンを壊すわけにいかなかったのか
建物のあるエリアに入ってこないからで、たまに勢い余ってソ連館にぶつかったりしてるので(笑)、
写真では左手に黒っぽく写ってる会場裏手の山やせいぜい会場の北部に広がる日本庭園あたり
まで踏み込んできての激突だったと思われます…。

写真左のソ連館の上の方に見えている池が、たぶん、ガメラが透明になって頭を突っ込んだ
あの水辺でしょうね。ソ連館横あたりで肩を刺されて、ヨロヨロと千鳥足で歩いてブッ倒れるんだから
このくらいの位置関係でしょう。ここでTOPにお見せしている潜水艦の大活躍になるわけですが、
matuzawaike.jpg
ここは松沢池といって、地元の人々にはお馴染みの公園のようです。


banpakusubmaline3sides.jpg
今回メインでお見せしているのはイワクラの「ガメラ大魔神特撮大百科EX」の一つ。
レジンキャスト製の約6.5cmで、前回ブーたれていた
「食玩と同等品をバカ高い値段で売りつけるボッタ商品」で、
3500円と食玩の約10倍で300個の限定生産と唱ってあります。
まぁもっともこれを食玩と考えるからハラも立つんで、
着色済みガレージキットと考えると安い方でしょうかねぇ…。
普段ならこんなコストパフォーマンスの低い商品は完全スルーですが、
大阪万博に関係あるミニカーを何か1台欲しかったので買ってしまいました(苦笑)。

modyuro.jpg
大阪万博とクルマと言えば、当時実際にイタリア館に展示されたフェラーリのモデューロとか、

riniamotercar.jpg
日本館に展示されたリニアモーターカーの模型を真っ先に思い出すんですが、
それらのミニカーやオモチャは高価なだけでなく、なかなか見つからないんですよね……_| ̄|○

その点この小型潜水艇はマイナーすぎるのか、人気的に引く手あまたと、
いうところまではいってないようです…。それでも当時子供だった私にしてみれば、
これはガメラと触れ合えただけでなく、危機を救うのに大いに役立った素晴らしい「主役」メカなので、
模型化してくれたイワクラにはやはり感謝しないとバチが当たるでしょう(笑)。

jiger2nd.jpg
お値段が張るだけあって、潜水艦の他にジャイガー2世のフィギュアが、
受話器が頭に貼り付いたのとそうでないのの2種類と、それから展示ベースが付いてます。



今日は実はブログ開始丸2年の記念日なので、特別にあといくつかお見せしましょう…。

gamerajiger1.jpg
イワクラが最初に発表したオリオンブランドの食玩「ガメラ ガッパ ギララ 特撮大百科」から、
透明ガメラを立たせて着色したガメラとジャイガーの対決シーンです。
ガメラは顔自体はいじってないのですが、ジャイガメというよりバルガメの顔になってますね。
ジャイガーは上の2世と比べたら、やはり2世は子供なんで幼い顔つきです。
本当の撮影用スーツは角だけ変えた親と共用の気もするんだけど、まぁそこは愛嬌かな?(笑)

ちなみに昭和ガメラの撮影用スーツは、最初の『大怪獣ガメラ』時の荒々しい「初ガメ」
syogame.jpg

『ガメラ対バルゴン』で登場し『ガメラ対大悪獣ギロン』まで使われたハンサムな「バルガメ」
barugame.jpg

『ガメラ対大魔獣ジャイガー』『ガメラ対深海怪獣ジグラ』使用の顔が間延びした「ジャイガメ」、
zyabgame.jpg


それから『宇宙怪獣ガメラ』で使われた飛行形態だけの「宇宙ガメ」の4種があります。
utyugame.jpg

このうちバルガメは使われた期間が長く、顔の破損と補修も何度か行われているので
作品事に微妙な違いがありますが、関係者の話では同じスーツだとのことでした…。


minitower.jpg
背景の万国博会場はタイムスリップグリコ大阪万博編に合わせて、
出てない分をフルスクラッチしたものです。元が食玩なんで、正確なスケールモデルというより
イメージモデル的に大まかに作りましたが、それでも1月かけて50個以上のパビリオンを作った
苦心作です。それぞれの大きさは最大でベースが6×7cmくらいでしょうか?
大きめの画像にしましたのでクリックしてどうぞ!

ちなみにその中の一つのタイ館の大きさはこんな感じになります。
100yenhikaku.jpg


zenkei.jpg
大阪万博は今日まで語り継がれるビッグイベントで、当時を知る者にとってはまさに夢の空間でした。
私は当時7才。博多在住でしたが大阪に親戚がいたんで訪れることができ、2回足を運んでいます。
全体としては未来と過去が混在した超異世界という感じで、太陽の塔を始め、ガスパビリオン、
東芝IHI館、三井館等々、怪獣を思わせるパビリオンもたくさんあり、
建物を怪獣化した「万博怪獣」もいくつか生まれています。


bangon.jpg
これはその一つの、たぶん円谷プロによるバンゴンで、太陽の塔をストレートに
でもなぜか、凶悪怪獣化してます(笑)。右に小さく載せられている子供の絵を元にしたのかな?

expora.jpg
こちらは手塚プロが作ったらしいエキスポラで、太陽の塔だけでなく主要なパビリオンが合体して
怪獣になってます。各パーツがどのパビリオンか全部解った方は立派な万博博士です。
ちょうど怪獣が少なかった1970年だったからこういう遊びも流行ったんでしょうね。
第1次怪獣ブーム時は各怪獣は引っ張りだこで、版権上、東宝や円谷怪獣が使えない媒体は
世界の伝説上の怪物や恐竜、さらには勝手にでっち上げた怪獣までも使って
ブームに乗り遅れまいとしていました。

kaizyukaizingogo.jpg
これは『少年キング』に載ったグラビアですが、スフィンクスは解るとしても、
コウモリだの、ヘラクレスカブトムシだの、ファラオや仁王様まで巨大化させて
怪獣と言い張らざるを得なかった編集者の焦りが伝わってくるようですね~。
だからこそ、当時は「新怪獣」ということばに重みというか有り難みがあったんでした(笑)。



実は「大阪で開かれる万国博覧会」というものが、一番最初に子供の心に焼き付いたのは、
1967年のお正月の出来事で、『ウルトラマン』の「怪獣殿下」の前後編によるものでした。
そうです、ゴモラが展示されるはずだったのはEXPO70だったんですよ。

banpakuaboras.jpg
劇中、怪獣殿下の空想として使用のこのイラストは、当然会場が完成する前に描かれたものですが、
ソ連館や電力館っぽい建物もあってどこか実際の会場のイメージに近いのが興味深いですねぇ…。
肝心の怪獣がなぜかアボラスなのは謎ですが(笑)。

gomorabanpaku.jpg
ゴモラは逃げ出さなければ日本館に展示される予定だったはずなので、
その前あたりに立たせてました(笑)。これはバンダイの食玩のウルトラ怪獣名鑑を使ってます。


来年は2010年で、大阪万博40周年の記念の年なので、万博会場跡では太陽の塔内部の
常時開放と、今はほとんどただの倉庫と化している鉄鋼館の整備と内部の公開を目指して
準備中だとか…。それから、残念ながら、先日事故により閉園になったエキスポランドですが、
解体によりいろいろ出てきたモノもあるでしょうから、
そういうモノも集めて、大規模な回顧展を開いてほしいものです。
実現したら、私も40年ぶりに万博会場に足を運ぼうと思います! ヽ(´ー`)ノ


この2年間、「キャラクターミニカー秘密基地」に足を運んで下さった、
延べ118664人もの方々に心から感謝いたします…。
まだまだ至らぬ部分も多いかと思いますが、今後も頑張って更新していきますので、
どうかまた足をお運び下さい。m(_ _)m

なお、ゴールデンウィーク中はお休みさせていただいて、
次回更新はたぶん5月11日になると思いますので、そのとき、またお会いしましょう!





テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

オヤジたちの青春、 幻の最速ランナーの面影
supramain.jpg
今日ではバトルよりも「オヤジポエム」を楽しむ作品としての評価がすっかり定着してる
『湾岸ミッドナイト』ですが(笑)、その傾向が一気に強まったのが
今日の御題の相沢圭一郎と銀のスープラのエピソードでしょう。


oyaziren.jpg
(アニメ12話より)

首都高に突然現れた銀のスープラは、その卓越した走りでウワサになりますが、
「地獄のチューナー」北見「スキンヘッドの天才ボディ職人」高木(左から2番目)
「妥協を許さずヤバいとこまで機械を追い込むが、安全重視の名チューナー」山本(左端)、
「若い頃のガソリンに換わり、血管にオイルが流れるレーシングギャング」大田(中央前)等の、
もはや中年となった各有名チューンショップのオヤジたちにとっては特別な意味を持っていました。
というのもその男ケイこそは、15年の昔、オヤジたちがまだ若かりし日に「幻の最高速ランナー」と
異名をとった相沢洸一、誰よりも早かったのに通常運転中に車道に飛び出した酔っぱらいを
避けようとして事故死した伝説の男、の忘れ形見だったからです。

そのケイが走り出したことを知ったオヤジたちは、自分たちの持つ技術と経験の全てを
ケイに伝えようとし、自己流のチューンでは雑魚はともかくホンモノには勝てないことを
痛感したケイも、それを求めます。
そして完成したのが、リーダーは山本が務め、彼のプラニングの元、
大田がエンジンをチューンし、アキオの助力を得て高木が作ったボディに、今回初登場の
「中年エアロヤンキー」ガッチャン(佐々木・写真中央後ピンク服)のエアロパーツをまとい、
こちらも初登場ですが以降は中心人物の一人となっていく「ジェッティングの魔術師」富永(右端)
調整を担当し、他の部分も各スペシャリストが力を結集した800馬力のモンスタースープラでした。

gunmetasupra.jpg(アニメ14話より)
色はややガンメタ的に沈み迫力を増したそのマシンで、ケイは悪魔のZとブラックバードに挑みます。
最高のメンバーが創り上げたモンスターマシンはやはり最高で、悪魔のZもブラックバードも
大苦戦しますが、ケイのスープラには高木によってある仕掛けがしてあったのです。
それはボディの剛性のピークがあまりにも短く、ほんの一時の走りの後はもう、
最高速でのコントロールが不可能になるというものでした。
これは決して手抜きではなくケイを思うがゆえの仕掛けで、彼の未熟なテクニックで
300kmオーバーの世界に車を持っていくにはこうするしかなかったと説明がされています。
それに加え、ケイが湾岸で走り出したのは父親の影を追ったからで、決して自分の内部から
わき出る意志ではなかった、つまりケイは「降りる」べき人間なのでそうした、とも語られます…。

aizawakitami.jpg(アニメ13話より)
相沢とは親しかったけれど群れるのを嫌う北見はモンスタースープラ創りに荷担しませんでしたが、
彼は彼で相沢から「息子にはチューニングなんて愚かなことだと教えて欲しい」と頼まれていました。
しかし北見は山本たちに対し、「お前等のしたことは、一人の若者の走る意欲を萎えさせただけ
なんじゃないのか?」と痛烈な一言を放ちます。
このあたりチューナーとして成功し、店の名声や家族等の守るべきものを持ってしまった山本たち
オヤジ連と、店を潰し妻には逃げられながら、なおも妥協せず、納得したチューニングのみを
ほとんど無報酬で引き受ける北見の生き方の違いがはっきりと現れていましたね。

走り続けなくては解らないことがあるから、本当に必要なのはその走りの中で、
自分でコントロールできない世界へ入っていくことの無意味さを、
ケイが自分で知ることだったんじゃないのか?」と北見に指摘されたオヤジ連は、
ケイが置いていった抜け殻の車を再調整し400馬力での走行なら可能な状態にし、
そして色もケイがこだわっていた相沢と同じ銀に戻して、ケイに再び届けるのでした。
そういえば、色を銀から勝手にガンメタに変えたのも、父親のマシンのことを知っていた
オヤジ連なのに不思議に思ってたんですが、元に戻したところから考えて、
そこにもオヤジ連の一種の奢りと、それから「色でも変えないと違いがワカラン」という
マンガならではの事情があったんでしょうかね?(笑)。
その再調整版銀のスープラは「湾岸での最高速バトルは辛いかも知れないが、
C1でなら腕次第では良いとこに行ける」との折り紙付きだったので、
やがて、今連載中の『C1ランナー』に再登場してくるかもしれません…。

高木も山本も、そして大田も、最初にこの物語に登場した時には、
かつての情熱を失いかけている中年男として描かれますが、アキオや今回のケイ、
そしてちっとも変われなかった北見と協力し、ぶつかり合うことによって、
昔のたぎる血潮を取り戻していきます。

若い層だけ(例外は文太)が話の中心にいる『頭文字D』と『湾岸ミッドナイト』のここが大きな違いで、
どちらかというと『頭文字D』が現役の走り屋、『湾岸ミッドナイト』が走り屋OBに受けているのも
そのあたりに理由があるんでしょうか……。


supra3sides.jpg
お見せしているミニカーはダイヤペットのカストロール仕様の奴です。
ダイヤペットなんで1/40スケールの11.5cmで、ドアが開くギミック付き。
近くにあったお宝ショップで250円で出てたルースをリペイントしました。
たぶん、細かいところは違ってるんじゃないかと思うし、
色もガンメタよりもやはり「銀」にこだわりたかったので、そっちで塗ってます。
リアのナンバープレートにcastrolの文字が見えてるのはミスじゃなくて、ワザとで、
元の色を一部でも残しておくのが自分流です(笑)。


このタイプのスープラは『ワイルドスピード』の1本目で、主人公が事故車っぽいのを
どっかから持ってきて、中を見たら「スゲェ、エンジンだ!」って大喜びするのが印象的でしたが、
これにも、ハチロクみたいなレース仕様車ってのがあるんですかね?
『ワイルドスピード』も取り上げたいお題なんですが、正規ミニカーに標準スケールのが無いのと、
一時期の限定買い占めブームに巻き込まれ、小スケールの正規品がバカ高いので様子見です。
劇中車はペイントにも凝ってるんで、さすがにアレを自分で塗るのは無理だし(笑)。

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走り屋の最終兵器、ランエボ!
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今日の御題は『頭文字D』ですが、初期のこの作品で最も印象深いライバル車として登場するのが
三菱のランサー・エヴォリューションでしょう。
日光のいろは坂をホームとするエンペラーはランエボだけで構成されたスペシャルチームで、
リーダーの元レーサー須藤京一の統率の元、厳しい規律による高い戦闘力を誇るチームでした。
まずは格下のメンバーに偵察に行かせ、その結果を分析して、

kyouitiseizi.jpg
上位メンバーから適切な走り手が出撃することになっていましたが、
ほとんどのチームは岩城清次(写真右)により撃破され、リーダーの須藤京一(左)が走ったのは
拓海との2回のバトルと、須藤が宿命のライバルと認める高橋涼介のバトルのみでした。

中でも拓海との最初のバトルは印象的で、ハチロクのエンジンブローという形でしたが、
秋名のハチロクの初黒星となってしまった忘れられない走行でした。
清次には拓海は勝っているのですが、それにしてもイケイケの清次が拓海をなめきった結果、
須藤が授けたプランの通りに走らなかったためタイヤダレを引き起こし、
そのスキを拓海に突かれたという危ない勝利で、
いかにランエボが峠の走りに向いたクルマかということがよく解ります。

inidinpactchara.jpg
もっともエンペラーも全員がピカイチの腕前とはいかないようで、
OVA「インパクトブルーの彼方に」では、碓氷峠に偵察に出向いた白のエボ4を駆るメンバーは
女だとナメたのか、無謀にも真子&沙雪のシルエイティにバトルを挑み返り討ちにあっています…。
つうことは実はエンペラーも、須藤京一以外のメンバーは、
相手の力量も見抜けぬDQN揃いなのかもしれませんね(爆笑)。


拓海と京一との再バトルは、ハチロクにレース用の新エンジンを積み替え、
秋山渉のターボ・レビンとの「慣らし」とも言えるバトルを経て、
新エンジンの高回転域のスゴさを体で理解してからのものとなり、
その模様は映画版「Third Stage」としていつもより迫力を増した舞台で描かれました。


今日のメインはランエボ軍団の中から清次のランエボ4です。
このエピソード連載時で最新だった4ですが、すぐに失敗作との評価が定着してしまったようです。
1998年11月発売の『頭文字D・拓海伝説』(講談社)という本ではすでに「フロントのロール感が
強すぎてイン側のタイヤが浮いてしまう、いわゆる『犬のションベン』状態になってしまう」と
酷評されており、その後もランエボの進化は続いたため、今日での人気はどうなんでしょう?

ranevo43sides.jpg
お見せしているミニカーはプライズのラジコン付きのモノ。
プラ製で、全長10.9cmのだいたい標準スケールです。
ホントは京一の3が欲しかったんですが、ランエボを買おうとした当時、
ガンメタの3が既存のミニカーでは無くて、たまたま行ったお宝ショップに
コレが安価で転がってたのでアッサリ転んじゃいました(笑)。
いつか3のジャンクが安価で見つかったら、ガンメタに塗って京一仕様を作ろうと思います。


wanganranevo.jpg
走り屋御用達のクルマですから、ランエボは『湾岸ミッドナイト』にも登場しています。
アニメだと第20話の「大阪ミッドナイト」から登場する神谷英次の愛車がランエボ5で、
やがて上京しRGOに身を寄せた神谷のそのクルマを大田の娘リカコが熱心にチューンナップし、
悪魔のZやブラックバードとのバトルに挑みます。(写真は第21話「夜の熱気の中で」より)

現実では毎年のように進化し、Xまで達しているランエボですが、
『頭文字D』『湾岸ミッドナイト』共に時間の流れが現実と一致しないマンガなので(笑)、
今のところ最新鋭車が登場することはないようですが、
さてこのネバーランド状態、いつまで続きますことやら……。

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お休み、グッドナイト……
goodnightmgbmain.jpg
広島での先行発売開始が、覆面えるさんにレポートされ、全くノーマークだっただけに
日本のキャラクターミニカー界(笑)に衝撃が走ってから、早1週間。
ジェームズ・ボンド=カーコレクション日本版は、広島では第2号の
トヨタ2000GTも無事発売されたようです…。
先週このニュースを知ったときに、いつ全国発売になるのか発売元のアシェッドジャパンに
問い合わせたのですが、まだ詳細は未定とのことでした。しかしこれまでの例では5~6号まで
出た辺りで全国発売が開始され、やがて先行発売地域と統合されるとのことでしたので、
隔週刊だから5月終わり頃には、全国発売が開始されると思われます。

このシリーズは数年前から「フランス発売のミニカー付きマガジン」として、海外モノにもアンテナを
張っているボンドマニアには認識されていましたが、完全な形で輸入するのが難しいとのことで、
ジオラマ仕立てのケース込みなら5000円、中身のミニカーだけなら1000~1500円程度で、
一部ショップには並ぶこともありました。その入手困難品が日本語翻訳され、
完全な形で2000円ちょっとで発売開始されるというんだから、そのうれしさもひとしおで、
そのラインナップを調べてみたんですが、なんと海外ではこんなに全70種も出ていました!
ジオラマ仕立てのケースの大きさが、だいたい1つが15×20×10cmくらいあったと思うから、
70個全部揃えた日には大きな本棚が丸ごと埋まりそうですが、京商のあのトミカサイズより
やや小さかったボンドコレクションの続きが出そうにもない今日この頃としてみれば、
これだけ数があるボンドミニカーコレクションなんか2度と企画されないだろうから、
無視はできないところです……。もうちょっと時間はあるからどうするかジックリ考えよう……。

goodnightmgbstill.jpg
つうことで、その日本先行発売開始を記念しての今日の御題ですが、
ちょうど当ブログの007シリーズが『黄金銃を持つ男』まで来ていたことでもあるし、
実は密かにいくつかツマんでおいたそのシリーズから、グッドナイトのMGBを取り上げます。
謎の殺し屋スカラマンガからの殺人予告である007のマークを刻んだ銃弾を受け取ったボンドは、
その銃弾が作られたと思しき香港へと飛び、現地駐在中のかつての彼の秘書である
メアリー・グッドナイトと再会しますが、その時、彼女が運転してきたのがこの薄茶色のMGBです。
このクルマは当ブログではすでにモンティー・パイソンの回で登場していますが、
そのオープンタイプですね。前回のマタドールの記事でグッドナイトのドジっ子ぶりは紹介しましたが、
この映画では彼女の天然ぶりがミョーな明るさを添え、地味な展開を引き立てていましたっけ(笑)。

MaryGoodnight.jpg
ブリット・エクランドはこの映画公開当時の1974年にはだいたい30才くらい。
当時は「30かよ、オバサンだなぁ…」とか思ってましたが、
自分が40代も後半となった今となっては、無問題でむしろキュートでたまりません(爆

アシェッドのこのシリーズではこの作品からは、メインのボンドカーであるAMCホーネット、
スカラマンガの空飛ぶAMCマタドール、そしてこのMGBがラインナップされてますが、
MGBなんかほんのちょっとしか出てこないのによくもまぁ取り上げたもんで、
だから全体で70種にもなるんだよな~と感心したり呆れたり…。
「黄金銃から3台目ならこっちじゃなくて、あのホテルの送迎車のロールスロイスだろ~」
とか訳の分からないことを言ってみたりするのはマニアの悪いクセです(爆笑)。

goodnightmgb3sides.jpg
つうことでこのシリーズのミニカーですが、魅力的なジオラマ仕立てのケース以外に
基本的にフィギュアが乗っているのも大きな特徴です。だからこそ意味がある部分もあって、
これをツマむ気になったのはそのフィギュアの魅力に寄るところが大きかったですね…。
ミニカーそのものはユニバーサルホビー製で、ダイキャスト製の1/43、約9cm。
ギミックは無いですが全体のデキは悪くなく、ルースの1000円程度なら「お買い得」、
正規販売の2000円チョットでも「納得のお値段」、ジオラマケース込み5000円なら
「お金に余裕がある時なら欲しい」、って感じでしょうか?(笑)


今日のタイトルの「お休み、グッドナイト……」というのはもちろん、
メアリー・グッドナイトに引っかけたシャレですが、それと同時にエンドタイトルで繰り返される
主題歌のヴァースに付け加えられた歌詞でもあります。

Goodnight goodnight, sleep well my dear  お休み、グッドナイト… よくお眠り、愛しい人よ
No need to fear,James Bond is here!    何も恐くない、ジェームズボンドがついてるさ!

本来はパンチの効いた歌声のルルが優しく優しくこうささやいたあとで、
若干ジャズ気味にアレンジされた主題歌が歌われて、この映画は幕を閉じるわけで、
その間映し出されるホンコンのジャンク船と相まって、なかなか印象的なエンディングでした。


skaramangajunk.jpg
今日はオマケに一つ、そのジャンク船の模型もお目にかけましょう。
これは「帆」(HAN)というタイトルの帆船ばかりを集めたボーフォード・ジャパンというところが
発売した食玩の一つで、他に朱印船、サンタマリア号、黒船、バイキング船等々がありました。

hanlineup.jpg
大きさも7cm程度、値段も定価で400円と、大がかりなモノが多い帆船模型の中では
集めやすかったんですが、不人気だったのか第1弾のみで終わったようです。
スカラマンガ仕様とは若干形が違うんですが、例によって(゚ε゚)キニシナイ!!
まぁ、こういうのはムード優先ですから……。
ホントはマストにカゴ入りのニックナックを引っかけたかったんですが、
3mmの小ささになりそうなんで断念しました(w

つうことで、今夜はこの辺で、グッドナイト!

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テーマ:ホビー・おもちゃ - ジャンル:趣味・実用

ハービーはいつも絶体絶命!?
今回はまずお詫びから…。
季節の変わり目で体調不良だったのと、ここのとこFC2がまた新システムを導入したあげく
不安定になって、ページが真っ白になったり、画像が表示されないトラブルが続出していたので、
ちょっとしばらく様子見していたため、更新が遅れてすみませんでした。m(_ _)m
FC2はいろいろ挑戦するのはいいんだけど、そのたびに従来のシステムに支障をきたしてるんで、
いいかげんそういうの止めて欲しいんですけどねぇ…。
ユーザーが求めてるのは、「最低限の広告」で、

「安定したブログの場を提供してくれる」ことで、

「多少、読み込みが早くなることの代償に本文の最後にデカデカと広告が表示される」こと
なんかじゃ絶対にないですよ……。


monstermain.jpg
さて、気を取り直して、今回の御題は久々のハービーです。
というのも4月3日の深夜に関東地方ではテレビ朝日でイキナリ、
『新ラブバッグ/ハービー絶体絶命!』が放映されたからなんですよ。
これは当ブログ開設初期の記事で取り上げた1997年製作の「ラブバッグTVリメイク」で、

lovebug97photo.jpg
日本ではこの邦題でCS放送やケーブルTVのみで公開されていたという作品です。
日本では未ソフト化で、本国でもDVDボックスからはハブられ、単品ソフトも絶版状態で
ずっと試聴困難が続いていて、約2年前に「見てぇ!」と叫んだ状態のママ今日まで来てました。
普段はTVなんかほとんど見ない私ですが、3日のお昼に、食事しながら朝刊をジックリ読んでたら、
TV欄の深夜枠にチョロっと「新ラブバッグ」と書いてあるのを見つけたんです。
でも深夜番組で昔のキャラ名をパクッた全然関係ないつまらないバラエティをやるのは
よくある話なんで、あまり期待をしてはいけないと自分に言い聞かせつつ、NETで詳細を調べたら、
これがビンゴの大当たり! まさにあの夢にまで見た幻の作品だと解って狂喜乱舞し、
ラブバッグ仲間には念のためメールでお知らせしたりして(笑)、27時45分の放映時間を待ちました。
普通の方には夢の中のこの時間でも、私は楽勝で起きてるので何の問題も無いんですが、
途中で家人が起きてきたのは参った。別にエチーな番組じゃないのでヤマしさは無いんですが、
ほらやっぱ、ウロチョロされたら気が散るでしょ?(笑)。

つうことでようやく見れたこの作品ですが、1997年という製作年度を反映して、
全体的に現代的な雰囲気で、登場人物が折り畳みケータイを使っていたのがいかにもでしたねぇ…。
ちょうど昔のシリーズと2005年の「時計じかけのキューピッド」との中間という感じで、
続けて観てたら「キューピッド」で感じた違和感も 少なくてすんだんだろうなぁって気もしました…。

お話はリセットされた完全なリメイクでなく、前の作品とつながった世界観なのがうれしいんですが、
リメイク的要素もあり、主人公ハンクが働いてる自動車整備工場に居候してる縮れ髪のゲージツ家が
ハービーと心を通じ合えるという設定でいい味出してましたね。
つまりは原点のテネシーにあたる役で、ハービーの物語には、奇蹟を最初は信じない
論理派の主人公との対比で、ああいう超自然がかったキャラが付きものって認識なんでしょうか?


97still1.jpg
今回の主人公は、元レーサーだけど今は夢を諦めた整備工であるハンクで、
ハービーとの出会いは整備工場対抗のカーレースで、
何台かのポンコツカーの中から好きなのを選んで、その場で整備してから走り出すという趣向でした。
当然しょぼくれたワーゲンであるハービーには最初は見向きもしなかったハンクでしたが、
他の整備工がもっと良さそうなクルマを次々に選んでいく中、
ハービーの落ち込んだ様子を見捨てられずにこのクルマを選びます。
つうか、実は彼はレースに参加するのもシブシブで、整備工場オーナーの命令でやむなく参加し、
勝敗度外視だからハービーを選んだってのがホントなんですが(笑)。
でもそんなハンクが気に入ったハービーは、自分から故障個所を彼に伝え、
適切に修理してもらって往年のパワーを取り戻し、
お得意のウイリーも鮮やかに、勝利を彼にプレゼントするわけです。
写真で解るようにこの時のポンコツカーの中に、科特隊専用車でお馴染みのシボレー・コルベアや、
スバルサンバーっぽいバンが混じってるのは興味深かったです。
コルベアなら上手く整備できれば勝てるけど、やっぱ軽トラじゃ無理でしょう(笑)


今回初めて登場の、ハービーの生みの親のスタンプフェル教授もいい感じでした。
ハービー誕生のバックボーンが実際のフォルクスワーゲンのそれとひっかけてあって、
「国民車」の呼び名をアメリカ軍が「生きている車」と勘違いして作らせたとの設定も笑えたなぁ…。
ということはスタンプフェルさんのモデルはポルシェ博士でしょうね。
で、そんな「生きてる車」なんかできっこないと思いつつ、テキトーに作ってる(フリしてる)最中に、
博士の「愛情」がこもった妻の写真が中に落っこちたから、
その愛情からラブバッグが生まれたわけで、同じ工程をたどって作らせたホレイスが、
中に入れた写真が「思い上がりと自己愛」に満ちた悪役であるサイモン・ムーア3世自身のもの
だったから、真っ黒なヘイトバッグになったつうのも、ストレートだけど、解りやすくてよかったです。

jim97.jpg
破壊されたハービーを心配してやってきたジム・ダグラスの
「私はハービーのおかげで妻と出会えた」って一言は、TVシリーズをふまえた言葉で、


herbieTV1.jpg(TVシリーズ「ハービー・ラブバッグ」の1シーン)

きっとあの時結ばれたジュリーたちと今でも仲良く暮らしてるんだろうなぁとホロっとしたし、
最後のレースの途中で、ホレイスのあくどい妨害により止まってしまった時になされた、
ハンクの気の強い元恋人であるアレックスのやけっぱちのチアガール風励ましも
彼女の個性がよく表れてるつうか、よく考えたらハービーシリーズのヒロインって、
強気な女性ばっかだったような気もします(笑)。

所々にキテレツな車に乗って出てくるカスタムカーマニアのおっさんがいて、
ハービー再生の工場を貸してくれて、なおかつ使用料をとらなかったんですが、
あれだけのカスタムカーマニアなんだから
ハービーが何者だか知っていたということなんでしょうね。
あの有名なハービーの再生に手を貸せるなら、それで光栄だみたいな…。
あのおっさん、実在のカスタムカーの大家なのかなぁ?

全体的にはアラもありましたが、『新ラブバッグ/ハービー絶体絶命!』はやはり
ハービーマニアの期待に充分応えてくれる作品でしたので、
もしみなさんの地方でも放映されたらぜひ御覧下さい!


monstertruck3sides.jpg
今日、お見せしてるミニカーは、すでにホレイスは前に取り上げてるので、
『機械じかけのキューピッド』からモンスタートラックです。
マギーの元から離れてしまったハービーが売られたポンコツカーバトルのチャンピオンで、
文字通りバケモノ級4WDに怪物メイクアップを施したコワモテの一台です。

monstertruck.jpg
このド迫力な外見で、ハービーをスクラップにしようと執拗に追い回しボコボコにしますが、
マギーが駆けつけることで勇気百倍となったハービーに反撃され、返り討ちにされます(笑)。
テキトーな4WDトラックのミニカーに口と角のパーツを自作して張り付けたデッチビルドなんで、
細部が違うのはキニシナイで下さい。m(_ _)m スケール的には1/60程度だと思いますが、
タイヤと顔のデカさで、全長9cm、全幅6cm、全高8cmという
標準スケール並の大きさになってます(笑)。


7th.jpg(DVDはブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメントより発売中)

ハービーの映画としては感覚が現代的すぎて、リンジー主演のティーンもの的印象が強かった
この『機械じかけのキューピッド』でしたが、本国ではヒットし、続編が期待されてたんだけど、
その後、主役のリンジー・ローハンが麻薬漬けになったりしたんで、未だに実現してません。
でももう4年経ったんで、また主役を入れ替えた新作がきっとできるでしょう。
リンジーファンには申し訳ないけど、またジム・ダグラスを1シーン登場させてくれれば、
古くからのファンはそれで納得するから、キャスティング一新の新作を期待したいところです。

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愛ある限り教えて下さい。m(_ _)m
powatorinmain.jpg
グレートレース特集はまだフィニッシュしていませんが、諸般の理由からしばらくお休みして、
今回はまた東映特撮からのエントリーです。
とはいってもちょっと変則的に『美少女仮面ポワトリン』からお届けします。

この作品は1990年1月~12月にフジテレビ系で放映された「不思議コメディ」路線のシリーズですが、
耳慣れない「ポワトリン」という言葉はフランス語で「胸」を意味します。
ではなぜこういう言葉をタイトルに使ったのかと言いますと、
この2つ前に『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』という作品がありまして、ここから魔法少女モノに
路線が小変更される訳ですが、この「ちゅうかなぱいぱい」とは中華料理もネタにされてたし
「中華な白々」だったと思うんですよ。ところが主演女優が途中で失踪したために、
急きょ後番組をデッチ上げなくてはならなくなり、同じフォーマットで主役だけ入れ替えて微調整した
『魔法少女ちゅうかないぱねま!』を始めたんですね。で、この「いぱねま」ってのは、
たぶん「マネ(した)ぱい(ぱい)」のギョーカイ的逆さま表現と思うんですよ。
もちろん「イパネマの娘」からの連想もあるだろうけど、内容的に無関係だし(笑)。
で、ここに「パイ」の引継が行われ、ならその次の作品は最初から「オッパイ」で行こうと、
スタッフがシャレで考えたんじゃないでしょうか?  ええ、全部妄想ですがなにか?(笑)


とまぁ、軽く妄想が暴走したところで本題に入って、まずはこちらのオープニングを御覧下さい。


このオープニングでポワトリンがさっそうと乗り回し、しまいには空まで飛ぶこのクルマ、
powatrin 2009-03-30 16_39_23_312
前に当ブログで、ソリッドステイツ1を取り上げた際、コメント欄でTMJM さん に
このクルマについて質問され、そういえばこういうのあったなぁと、
何かのついでがあった時にいろいろ調べてきました。

その頃、net状でヒットした記事によると、ポンティアック・フィエロの1988年型ということでしたが、
今はその記事は消えちゃってます(トホホ

fiero_frt_qtr.jpg
そのフィエロの88年型というのはこのタイプです。なるほどおおまかな感じは似てますが、
細部は違ってますねぇ…。ところが困ったことにはこのフィエロってクルマ、
アメリカには珍しいライトウェイトスポーツカーだったんで、カスタムの最適なベースとなり
ノーマル状態を見つける方が難しいとすら言われてるほどなんで、
ポワトリンカーがフィエロベースカスタムだったら多少の外見の差はそれで説明付いちゃいます。

ポワトリンカーの他の写真を上げると、このようにリトラクタブルライトで、
powatrin 2009-03-30 16_42_02_968

大きな鋭角的なウイング付きで
powatrin 2009-03-30 16_39_43_046



コックピット回りはこう、
powatrin 2009-03-30 16_39_12_015

そしてリアはこんな感じです。
powatrin 2009-03-30 17_01_07_062

フィエロのコックピットはこうなので、
fiero_interior.jpg
ハンドルがジャマですが、私の目にはそっくりに見えるんですが、どうでしょうか?


なんでこう弱気になっているかというと、ちょっと前に検索していたら、
こういうページを見つけまして、「インパネがそっくりだからポンティアック トランザム」
という回答がベストアンサーに選ばれてるんですね。
「ポンティアック・トランザムというクルマはない」という細かい指摘はオイトイテ(笑)、
『美少女仮面ポワトリン』は放映ですから、ファイヤーバードだとしたら
83firebird.jpg
ボディーラインから考えてもこの3代目(1982-1992)になると思うんですが、
KITTHassel500.jpg
このタイプのコックピットってこんなんなんですよねぇ…。

って、おい、コレはこの人専用タイプだから違うだろ!
KITTHassel500zentai.jpg


そうなんです、実車にウトイ私は3代目ファイヤーバードのコックピットがどうなってるか
あまり知らないんですよ(ナイト2000なら知ってるけどw)。
それでここにお集まりの識者の方々に本当にポワトリンカーのコックピットは
トランザムのに似てるのか判断していただきたいのと、

さっきリンクしたヤフー知恵袋で他の人が応えてたクライスラー・デイトナ
CR_S003_F001_M001_1_L_S.jpg
という可能性はあるのか無いのか?


そして今日、この記事を書くために検索してたら見つけてしまった
Pontiac_Grand_Prix.jpg
このポンティアックグランプリ1988年型の可能性はどうか?
というあたりをレクチャーしていただきたく、他力本願な記事を書いてしまいました。m(_ _)m


fiero3sides.jpg
一応、ミニカーはホットウィールのフィエロの、88年型は見つからなかったので
84年型をお見せしています。
熱輪なので当然トミカサイズの全長6.9cm。マレーシア生産分です。

このポワトリンカー、前期オープニングでは特撮で飛行するだけでなく、クレイモデルまで登場して
かなり重視されてたんですが、後期オープニングからは完全に姿を消してしまいます。
新キャラであるポワトリンプティットを紹介する必要があったのは解るけど、
なぜ抹消されたのが当時は解りませんでしたが、今になって考えると、
主題歌のタイトルにもなってる「17才の少女がクルマを運転するとはケシカラン」という
ヤボなツッコミが入ったんじゃないでスカね……。
平成も2年目で、そろそろ社会から大らかさが失われつつあった時代だし、
このヨミはそう外れてないような気もするんですが、真実やいかに?
あっ、こっちは真面目に考察してますので、どかヨロシク!(爆)









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日本のグレートレース
dedionmain.jpg
史実のグレートレースは日本にも立ち寄っていたことはすでに書きましたが、
その時の写真をようやく数点見つけました。

まずはこの写真から、
great_race_japan1.jpg
たぶん、写ってるクルマはトーマス・フライヤーだと思います。
自動車なんてほとんど見たことのないはずの当時の日本人なんですが、ちゃんと道ばたによけたり、
馬のくつわを取って暴れないようにしてやりすごしてるのはさすがです。
でも写真をよ~く見ると、いきなり前の道に大穴が開いてますね~。
このあたりが、当時の日本の道はまだ自動車が通ることを想定されてなかった証拠ですかね?(笑)。

次はこちらの写真を
great_race_japan2.jpg
こちらでは、けっこう人が集まってますが、クルマ珍しさもあったんでしょうが、
その横に太鼓を抱いた旅芸人みたいな人がいて、写真左隅には、
その芸人の写真を撮ってるっぽい、アメリカチームの一人らしき人もいるんで、
これは記念撮影ということで、人に集まってもらったのかもしれません。
右端の帽子のオッサンもアメリカチームの人で、「もっと寄ってくれ~」的
現場整理をしてる感じも漂ってます。
「グレートレース」記事第一回で、「富士山で記念撮影したんじゃないか?」って
妄想を書いてましたが、コリャどうも、連中マジで撮ってるっぽいですねぇ(笑)。

そして3枚目はこちら
greatracejapan3.jpg
これは車種はよく解らないんだけども、なにかクルマに補給をしてる様子を興味深くみつめてます。
補給してる人も東洋人っぽい容貌なんで、日本のお役人でしょうかね?
当時の一般人はクルマなんかまだ持てなかったはずですから……。


見つかった写真に写ってるのはトーマス・フライヤーばっかでしたが、ここまで到達したのは
トーマス・フライヤー(米)、プロトス(独)、ジュスト(伊)、そしてデ=ディオン・ブートン(仏)の4台でした。
そのうち、今日の主役としてTOPに鎮座してるのはデ=ディオン・ブートンです。

De_Dion_stoomdriewieler.jpg
デ=ディオン・ブートンという自動車メーカーは上の写真のフランスの貴族デ=ディオン伯が
玩具(鍵?)職人のジョルジョ・ブートンらと協力して作った会社で、
最初は蒸気自動車の製造から始めましたが、1895年に開発したガソリンエンジンは
当時としては驚異的な3500rpmの高速回転が可能(当時のダイムラーエンジンの約2倍)な
高性能を発揮しました。つうより、試作段階では通常回転で使おうとしたら安定せず、
試しに回転数を上げてみたところ安定動作しだしたので、
あわてて周辺器具の設定を高速回転向けにし直してやっと実用化できたらしいんですが、
まぁでもそれで高性能が得られるようになったんだから結果オーライです(笑)。
その高性能のためこのエンジンはいろんな自動車メーカーに提供されましたが、
中でもルノーのレースカーには1901年まで使われ、小型車クラスの圧倒的な強さを誇ったのでした。
そのためデ=ディオン・ブートンは当時最大の自動車メーカーとなり、他社のエンジンの性能が
追いついてくるまでは栄華を誇りました。グレートレースが行われた1908年時点では
他社の性能も上がり、デ=ディオン車の性能は圧倒的有利という訳にはいかなかったようですが、
それでも果敢に挑戦してきたということは、もともと世界最初の自動車レースである
1895年6月の「パリ~ボルドー往復レース」にも蒸気自動車で参加していた程のレース好きで、
フランス自動車クラブの設立に尽力したものの、自らは「メーカーである」という理由で
会長就任は固辞し、副会長にとどまったデ=ディオン伯の、「我こそはフランス自動車界の代表」
という自負があったからなんでしょうね。フランスにはこの頃100近い自動車メーカーがあったそうで、
グレートレースが実はその名声確保のために開かれた一面もあるため、
出場総数の半分に当たる3社も参加しているのは前に書いたとおりです…。

デ=ディオン・ブートンのクルマは、さすがその成り立ちにふさわしい高性能・高完成度だったようで、
11800キロを走り抜き日本までは到達しましたが、おしくもそこでリタイヤとなったようです。
自動車先進国で道路が整備されていたフランスのクルマなもんで、
上の写真にも写っちゃったようにドまん中に大穴が開いてるといった感じの、
当時の日本のクルマが走ることなど想定外だった悪路にやられたのかも知れません。

dedion3sides.jpg
今回お見せしているのはMINIALUXE(ミニオール?)製のデ=ディオン・ブートン1912です。
デ=ディオン・ブートンのクルマは最初期の蒸気自動馬車を始め数点ミニカー化されているんですが、
参加車の写真に一番近いのがこの1912年タイプだったのでこれを採用しました。
プラ製で全長11.5cmの標準スケールのミニカーです。

de-dion.jpg
参加車の色はモノクロ写真の陰影から判断して、淡い彩色がなされていたようですが、
イマイチはっきりしません、レプリカが早く完成してくれるといいんですが……。
この個体は後ろの接着剤がはがれて屋根が少し上にめくれてますが、
レース参加車の色がハッキリした時点で、オリジナルの状態に補修するか、
屋根を取り外してレース仕様に大改造するか決めようと思います。


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グレートレース、史実と映画を徹底検証!
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今回は映画と史実の細かい違いを拾っていきます。
映画では開始早々、大半のクルマがフェイト教授の妨害工作でクラッシュしてますが、
ここで総出場車を画面で判別できる範囲で推測してみると、1番がグレートレスリー(米)、
赤の2番がダラックJJ1907(仏)、緑の3番がスタッツ・ベアキャット1914?(米)、
黒い4番がパナール1907?(仏)、5番が教授のハンニバル8(米・自作)、
6番が赤茶色のフォードモデルR(米)、たぶん7番がマギーのスタンレー・EX・スティーマー1909(米)
というメンツでしょう。外見からの判断なんで疑問は残るとはいえ、7台中5台が見事に
アメリカ勢で占められているのは、この映画でのレース成立のアレンジから考えて当然で、
多少年代が合わないクルマがあるのは御愛敬(笑)。

1903 Darracq JJ
赤の2番であるDarracqというメーカーは今日でこそ有名ではありませんが、1896年にフランスに
設立された最古の自動車会社の一つで、フランスだけでなくドイツではオペルの元になる会社、
そしてイタリアではアルファロメオの元になる会社の設立にも貢献したメーカーでした。

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緑の3番であるスタッツは、1911年の最初のモデルからインディ500レースに出場した
アメリカのスポーツカーとして有名な存在で、特に14年から発売されたこのベアキャットは、
座席とガソリンタンクおよびスペアタイヤ等の最小装備を備えただけで風防すら持たない
質実剛健で野性的なロードスターでした。ちなみにベアキャットって本来はレッサーパンダですが、
アメリカのスラングでは「闘士・豪傑」の意味になるそうで、スタッツの場合はこっちでしょうね。

panald.jpg
黒または濃紺の4番であるパナールは1890年にフランスで初めてガソリン自動車を開発した、
世界最古の自動車メーカーです。ここは比較的長持ちした会社で1955年にシトロエンの傘下に入り、
乗用車の生産こそ1960年代に終了してますが、軍事車両のメーカーとしては健在です。

1906 Ford Model R
赤茶色の6番はフォードモデルRで、これはあのTタイプの直前に発売されたタイプなので、
どこかシルエットが似てますね。Tタイプが発売されたのが1908年の秋で、
グレートレースには間に合ってないので、その「代理」的登場でしょうか?

使われているクルマはいずれも、そのクラシックカーのホンモノではなくてレプリカっぽいので
まぁどれもそれに似たクルマってことで(笑)。異論をお持ちの方はどうか御指摘下さい。m(_ _)m


一方、史実では妨害工作があったかどうかはわからないものの(笑)、
フランスの2台(シゼール・ノーダン、モトブロック)がスタート早々にリタイヤ。
映画では残った3台がレースを繰り広げますが、
史実では4台(トーマス・フライヤー、プロトス、ジュスト、デ=ディオン・ブートン)。
映画ではそのうちの1台が途中でリタイヤしゴールインしたのは2台ですが、
史実では3台(トーマス、プロトス、ジュスト)。
映画では2台がゴール直前でデッドヒートしますが、史実ではゴールイン間隔は非常に開いており、
1位と2位の間は役半月、3位に至っては2月以上遅れていたそうです。ちょっとこのあたり、
現代の我々の想像を超えてますが、その間、開催側はどうやって待ってたんでしょうねぇ?(笑)

優勝をアメリカにさらわれ、ゴールインできたのも生け贄用だった3台のみで、
フランス勢は全滅に終わったこの現実のグレートレース。
そのため開催後はフランスでは大いに盛り下がってしまったようで、
映画化がハリウッドによってなされたのもその辺に原因がありそうです(笑)。

greatrace piefight 2009-04-07 03_10_45_984
映画化で足されたウーマンリブの伸張とか、酒場での乱闘やパイ投げなんてのはまぁ、
当時の感覚での映画として成立させるためのオヤクソクですかね?
確かにこの映画でのナタリー・ウッドはセクシーでキュートだけど、 
延々と繰り広げられるトンマなギャグは今となっては閉口せざるを得ないんですが…。
そうそう、史実では女性ドライバーなんて参加していないのはもちろんです。


今回取り上げるミニカーはモトブロックです。モトブロックは1902年から31年までボルドーに存続した
自動車メーカーですが、ここに関しては非常に資料が少なく、日本語でヒットするのは
ウチの前の記事と、オリジナルグレートレースについて簡単に触れたページと、それから、

motoposter.jpg
このアールデコ調のポスターに関する記事だけでした…_| ̄|○ 

英語でもあまり事情は変わらず、フランス語だったらもっとまとまったページがあるのかも
知れないけど、読めまへん(泣
で、乏しい資料を読んだ限りでまとめると、モトブロックはシャルル・スコーデル?( Charles Schaudel)
という人物が他社で自動車製造に関わった後、最初に自分の名前を冠したSchaudelという
オートバイを足かけ3年作った後に設立した自動車メーカーのようで、
自分の名前でなく、発明したエンジンにちなんだ名前を社名にした最初期の例だということです。
まぁでもスコーデル氏も最初は自分の名前の会社を作ってた訳だから、
それが傾いた時に借金のカタに押さえられて、同じ名前では新会社を立ち上げられなかっただけ
のような気もしますが(笑)。
その発明したエンジンというのは2シリンダーだけど分かれてないモノブロック構造になっていた
そうですが、クルマの構造に疎い私にはどうすごいのか全然ワカリマヘン、スンマセン。m(_ _)m

このメーカーは1910年前後のレースにはけっこう顔を出しており、グレートレースの他にも、
1903年の「パリ~マドリード」レース、それからこれは架空の世界ですが、
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映画『チキチキバンバン』の冒頭で行われている1908年フランスグランプリの観客席の屋根に、
メルセデスやフィアット、ルノーと並んでモトブロックの名前がデカデカと書かれているところからも、
当時のモトブロックが一流自動車メーカーとして認識されていたことが解りますね。
そんな成功した自動車メーカーであったモトブロックの倒産は、大恐慌のあおりでらしいんですが、
不況で自動車メーカーが左前になるって現実は昔も今も変わりないようです(苦笑)。
こういうメーカーですからミニカーも非常にレアで、RAMIから出るには出てるんらしいんですが、
年代が違うので形が全然違っています。そこで今回は「見立て」のワザを駆使して、
似た感じの無銘ミニカーをそれに仕立てることにしました(笑)。

motobloc3sides.jpg
お見せしているのはウイスキーのカティーサークが販促用に作ったクラシックカーシリーズの一台で、
縦長のボンネットグリルとそこから上に突き出たヘッドライトが、残されてるモトブロックの参加車の
写真に似ているので採用です。全長約11.2cmのプラ製で、本来は黒い屋根付きなんですが、
今回は外して使っています。ボディの黄色いマークがカティーサーク製を物語ってますね(笑)。

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明るいグレイの色彩も残ってるモノクロ写真から類推できる実車の色に近いんではないでしょうか? 

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グレートレース再び!
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前回、『グレートレース』について書いたのは2007年の9月でしたが、
その際の調査で「2008年にオリジナルグレートレース100周年記念再現レースを開催」の予定で、
現在参加車のレプリカを作成中というニュースを見つけていたんですよ。
そのときは実際に開催されてから改めて記事にしようと放置し、そのまま忘れていたんですが(笑)、
最近、オリジナルグレートレース参加車のミニカーを何台か手に入れたので改めて探ってみると、
どうやら予定が延びてまだ実施されてない様子です。
ひょっとしたら期日までにスポンサーが集まらなかったのかも知れないし、

pekinggoua.jpg
あるいは2008年と言えば、あの北京オリンピックのシナチスによる業火リレーが世界中で行われ
大騒動になっていたので、そのとばっちりを恐れての延期だったのかもしれません。
ちょっと話がそれますが、次回からのオリンピックでは「開催国外での聖火リレーは行われない」
ことに決まったそうです。あれだけ露骨にプロパガンダに使う恥知らずの国が出た以上は
当然の決定で、中国共産党政府はその蛮行でまたしても歴史に名を刻んだ事になりますね。


purotsreplica.jpg
レースは延期になっても自動車のレプリカ作りは進んでいるようで、
1年半前ですでに完成していたドイツのプロトスの渋い緑色に加え、

thomasreplica.jpg
アメリカのトーマス・フライヤーはその純白の姿を現し、

zustreplica.jpg
イタリアのジュストも鮮やかな赤い色を見せてくれていました。
残るはフランスのたしかデ=ディオン・ブートンだったと思いますが、その完成も待ち遠しいですねぇ!

トーマス・フライヤーは実車が保存されているので、その色が白だというのは解ってたんですが、
他のクルマはモノクロ写真しかなかったので、プロトスの緑とジュストの赤はとても新鮮に目に映り、
残りの3台がどういう色だったのかも気になってきました。
このレプリカ作りと連動して、オリジナルレースのドキュメント仕立ての映像作品も撮影されたようで、
その作品『The Greatest Auto Race』も観てみたいです。


映像作品と言えば、あのブレイク・エドワーズ監督の作品『グレートレース』ですが、
調べていくウチにけっこう大筋では史実をなぞっていることに改めて気づいてきました。
ただ微妙な違いもあり、そのあたりを改めて検証していくとまた面白そうです。

greatracemovie 2009-04-03 08_35_13_437
映画ではアメリカ人のグレート・レスリーがアメリカ車の性能を全世界にアピールするために
レースの開催をアメリカ自動車協会に持ちかけ快諾されています。
(その際にレスリーはお偉方の目の前で、たぶんグレートレスリー号のモックアップを
もて遊んでいますが、よく見るとそれがトーマス・フライヤーに似ているのは意図的だと思います。)
しかし史実ではフランスが言い出しっぺで、フランスにひしめいていた多数の自動車メーカーの名前を
世界に轟かせようと企画されたものだったようです。フランスから3台も出てるのもそのためで、
他国の3台はそれにハクを付けるための添え物、つうか生け贄だったようです。
そのため、ドイツからはプロトス、イタリアからはジュストと、あまり有名とは言えないメーカーしか
参加していないし、アメリカは誰も名乗りを上げないため、トーマス・フライヤーがやむなく参戦した
というのが正直なところだったようです…。

szeel3sides.jpg
今日お見せしているのはそのフランス勢からの1台で、シゼール・ノーダン・コルサ1906です。
フランスのクレというメーカーのモノで、約7.4cmで1/48スケールのプラスチック製。
私は今回初めて知ったメーカーなんですが、
cremark.jpg
このような「鍵」のマークのトレードマークを持ち、フランスではそこそこ有名だそうです。


白地に金銀メッキがなされ、赤いシートがアクセントになっているという、いかにもフランス製らしい
シャレたミニカーで、プラスチックの軽みが全然欠点になっていないのは流石です。
バンパーが弓形というかハンガー形というか、独特の形をしており、
ボンネット上の一つ目みたいなディテール(ライト?)とも相まって個性的なルックスになってます。
※ Ponys41 さんの御指摘でこの弓形のはサスペンションだと解りました。
  どうもありがとうございました。m(_ _)m


Sizaire-Naudin72.jpg
このクルマは当時の写真ではこう写ってるので、おそらく色調もミニカーに似た感じだったと思います。
シゼール・ノーダンはモーリス&ジョルジュのシゼール兄弟と、ルイス・ノ-ダンにより
1900年頃設立されました。彼らが作ったクルマは1908年5月10日のシチリア島自動車レースでは、
スタートからしばらくは首位を保ったりもしてるので、基本的な性能は悪くなかったようですが、
全体の完成度には問題があったのか、シチリア島レースではスリップで脱落、
このグレートレースでもたった71キロ時点でリタイヤし、ニューヨークを出ることすらできませんでした。
この会社はクルマの完成度同様、社内の結びつきも弱かったようで、1912年にはシゼール兄弟は
飛び出し新会社を設立したため、10年そこそこの歴史しか刻めませんでした…。
なんかこのあたり、レース結果と社運が直結してるようで面白いですねぇ……。

『グレートレース』関連は何回か続けようと思ってますので、以降もお楽しみに!










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